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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
北九州市立中央図書館 (2210015)管理番号
(Control number)
北九2018中央060
事例作成日
(Creation date)
2018年11月13日登録日時
(Registration date)
2018年11月13日 16時14分更新日時
(Last update)
2018年12月18日 10時42分
質問
(Question)
村野藤吾と北九州の関りが分かる資料を紹介してください。
回答
(Answer)
 現在(2018年11月時点)、北九州市に現存する村野藤吾設計の建築は、八幡市民会館(八幡東区)のみです。

●10代を北九州市で過ごした

 村野藤吾は、1891(明治24)年5月15日、佐賀県東松浦郡満島村(現・佐賀県唐津市東唐津町)に、父、村野文吉、母、広永チヨの間の長男として誕生した。この時届け出た戸籍上の本名は、村野藤吉であり、後の「藤吾」の名前は、彼の大学卒業前後に、一種の筆名のようなものとして使いはじめたものであった。(略)村野自身は生前認めていなかったが、同じ唐津藩の下級武士の子として生まれ、後に明治建築界の中心的な建築家となった辰野金吾の、「吾」から来たものではないかとの推測もある。(略)
 村野は生まれると同時になぜか実母の下から外されて、同じ満島村にいた乳母の下に預けられ、両氏を生業としていたその家で、実に尋常小学校三年生(12歳)の頃まで実子同様に育てられたという。村野が10歳前後の頃に、両親一家はなぜか村野を置いたまま満島村を離れ、新設の官営製鉄所として、1901年以降本格的な操業を開始していた隣県の福岡県八幡村の「八幡製鉄所」の近くへ移り住み、親子が離ればなれになったため、やがて八幡の実父母に引き取られ、ようやくそこで初めて両親とともに生活することになった。村野は晩年になってから、この十年余り実父母から離れて暮らした時間が、その後の自分の人生、特に建築家としての行動に、少なからず影響があったかもしれないとも述べている。
 村野は1905(明治39)年、八幡製鉄所に代表されるような近代的な工場で働く若い技術者の養成を目的に、1902年に開校したばかりの「福岡県立小倉工業学校」に入学し、1910(明治43)年、19歳にこの学校を卒業した。村野は「小倉工業」を卒業すると同時に、両親の希望通り八幡製鉄所に入社し、(略)1911(明治44)年、20歳の時に志願して陸軍に入隊して対馬の砲兵隊に入営し、2年間軍務に服し、1913(大正2)年に除隊した。軍隊にいたときに、東京帝国大学(独法専攻)を出ていた直属の上官から大学に行ってさらに高等教育を受ける道を勧められ、村野は父親を説得してまもなく東京に出てきた。(略)
 村野藤吉は予科で最初は電気を専攻しようと考えていたが、まさに大正3年に完成した辰野金吾の「東京駅」などが象徴していたような、東京中にそのころ次々とたてられていく、明治期の建築のやや堅苦しい意匠とはかなり異なった姿を見せる、大正期に特有の、より自由で、新しい西洋府建築を直接見たり触れたりするうちに、建築科に移りたいと強く望むようになったという。(略)1915(大正4)年、念願の早稲田大学理工科大学建築科に入学したが、この時村野はすでに24歳にあんっており、ほとんどが20歳前後の新入生の中に混ざって、3年間の大学生の生活をはじめることになった。

●北九州市の村野藤吾建築

 村野藤吾の作品年鑑を通覧すると1950年代後半に公共建築が集中している。
・八幡市立図書館(1957年竣工、2018年解体)
・八幡市民会館(1958年10月竣工、現存)
・小倉市中央公民館(1959年9月竣工、2003年10月閉館解体)
回答プロセス
(Answering process)
『海峡の風 北九州を彩った先人たち』p42-45

『村野藤吾建築案内』村野藤吾研究会
 八幡市民会館 P150, 小倉市中央公民館(小倉市民会館)p151,八幡市立図書館(北九州市立八幡図書館)p180

『村野藤吾の建築 昭和・戦前』長谷川堯
 大学卒業までの足跡の粗描p14-15
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本の建築  (521 10版)
参考資料
(Reference materials)
長谷川尭 著 , 長谷川, 尭, 1937-. 村野藤吾の建築 : 昭和・戦前. 鹿島出版会, 2011.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000011131930-00 , ISBN 9784306045538 (大学卒業までの足跡の粗描p14-15)
村野藤吾研究会 編 , 村野藤吾研究会. 村野藤吾建築案内. TOTO出版, 2009.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010881127-00 , ISBN 9784887063068 (八幡市民会館 P150, 小倉市中央公民館 p151,八幡市立図書館 p180)
村野藤吾[作]竹内次男[監修], 村野藤吾建築設計図展カタログ 7.京都工芸繊維大学美術工芸資料館 村野藤吾の設計研究会, 2005. (八幡市立図書館p24-29,八幡市民会館p56-65,小倉市中央公民館p66-77)
小倉市,小倉市中央公民館落成記念.小倉市教育委員会, 1959.
松隈洋 著 , 松隈, 洋, 1957-. モダニズム建築紀行 = The Notes on Japanese Modern Architecture : 日本の戦前期・戦後1940~50年代の建築. 六耀社, 2016.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I027648853-00 , ISBN 9784897378695 (p185-189)
キーワード
(Keywords)
村野藤吾
近代建築
北九州の建築
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土 人物
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000245752解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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