レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2011年07月05日
- 登録日時
- 2011/07/05 22:43
- 更新日時
- 2011/07/05 22:43
- 管理番号
- 土木図書館-0029
- 質問
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未解決
榊谷仙次郎日記の稿本(オリジナル原稿簡易製本版)は国会図書館に所蔵されているが、戦後の分が不明である。土木図書館で所蔵していないか。ないとしたら心当たりはないか。
- 回答
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土木図書館には所蔵していない。また関係事項を調査したが、所在は不明である。
- 回答プロセス
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以下、調査結果を示す。
(1)刊行された版(『榊谷仙次郎日記』榊谷仙次郎日記刊行会, 1969)のグラビアには、稿本全78冊の写真があり、明治43年1月から昭和21年7月とのキャプションがある。
補追(20110626):同・後記には「1969(昭和44)年6月 編者 飯吉精一」名で、以下の記述あり。
「(前略)約四千頁にも達するであろう膨大の原稿を千数百頁にまとめるために、編者は独自の観点から、適当にこれを削除し、なお昭和17年以後のものは抜萃にとどめなければならなくなりました。本日記の原稿は、国会図書館に、保管を依頼することにしておりますので全文を必要とする場合には、同図書館を、ご利用願います。(後略)」
また、「榊谷仙次郎日記頒布について」と題された差込チラシ(昭和44年8月 同刊行会代表者 平井喜久松 名)には、以下の記載がある。
「(前略)又 永野氏(坂本注:長野重雄富士鉄社長(当時))と参議院議員安井謙氏のご尽力で同日記刊行後の原稿は国会図書館に保管して下さることになりました 併て御報告申上ます」(ママ)
(2)国会図書館書誌検索データによれば、以下の通り67冊(明治43年1月~昭和20年7月)を所蔵しているとある。
請求記号 YS1-1
資料種別 稿本
タイトル 榊谷仙次郎日記
出版地 〔製作地不明〕
出版者 〔榊谷仙次郎〕∥サカキダニ センジロウ
出版年 〔1910-1945〕
形態 67冊 ; 26cm
注記 明治43年1月から昭和20年7月までの日記の稿本
全国書誌番号 73018446
個人著者標目 榊谷, 仙次郎 (1877-1968)∥サカキダニ,センジロウ
個人名件名 榊谷, 仙次郎 (1877-1968)∥サカキダニ,センジロウ
NDLC GK30-サカキダニ,センジロウ(榊谷仙次郎)
NDC(6) 289.1
本文の言語コード jpn: 日本語
書誌ID 000001227417
(*ちなみに、振り仮名が違っている)
(3) (1)の写真から、昭和20年8月から昭和21年7月までは11冊であることが確認されるので、全78冊のうち国会図書館には確かに67冊のみ所蔵していることが(2)からわかるが、残りの11冊については、国会図書館には所蔵していない(もしくは何らかの事情で書誌登録されていない?)。
(4) 飯吉(『土木に生きる また楽しからずや』飯吉精一,技報堂出版,1978,pp.172-177)によれば、遅くとも1978年の時点で、国会図書館に保存されていることになる。飯吉は以下のように述べている。
「(前略)明治37年から敗戦まで一日も欠かすことなく綴られたこの日記の元の原稿は、仮製本されて国会図書館に保存されている。(後略)」
(5)富永(『大連 空白の六百日』富永孝子,新評論,1986)によれば、同著書を執筆するにあたり、主な資料のひとつとして『榊谷仙次郎日記』を参考にした、とある。同日記からの引用箇所は28箇所におよび、昭和21年の日記からの引用も多い。1969年版日記には記載されていない事項も多いことから、仮製本した原稿を資料としたと推定される。「おわりに」では、「秘蔵中の榊谷仙次郎日記を見せてくださった飯吉精一氏」との謝辞があることもこれを裏付けている。この著書の執筆時期は1980(昭和55)年から1986年(4月)とあるので、飯吉が1978年までに国会図書館に納めた後に、原稿版日記を見ていることになる。
以上から結論されるのは、
①飯吉は遅くとも1978年までに67冊の稿本を国会図書館に納めた。しかし昭和20年8月以降の11冊については、何らかの事情で手元に留め置いた。
②富永孝子氏は飯吉の手元にあった(国会図書館に納本されていない)11冊(昭和20年8月から21年7月)の日記を1980年代前半に飯吉から借用して執筆の資料とし、遅くとも1986年4月までには飯吉に返却した。
ということである。
飯吉はこの返却された11冊の原稿をその後も国会図書館には納本しなかった、と思われる(国会図書館書誌情報に由る)。
では1990年6月12日に逝去するまで、この11冊は手元に置かれていたのだろうか?また、その後遺品の整理の段階で、どこかへいったのだろうか?いまだ謎に包まれたままである。
調査追記2011.6.23
(1)追悼号となった『長寿記念 長生きもまた愉し』高橋裕編,発行,1990には、元土木学会事務局長岡本義喬氏が後記を書いている。岡本氏にこの11冊の行く方を尋ねてみた。その回答は以下の通り。
「自分は飯吉氏逝去後の資料整理には携わっておらず、また生前にも飯吉氏から、榊谷仙次郎日記稿本の戦後分11冊についてのお話は伺ったことはない。」
(2)また、「榊谷仙次郎と南満州鉄道株式会社」(「CE」2007年7月号~2011年3月号に43回にわたり連載)を執筆した峯崎淳氏にも確認したが、戦後の日記があったことについてははじめて知った、とのことであった。
- 事前調査事項
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質問者によれば、遺族には心当たりがない。また国会図書館に問い合わせたが、所蔵していないとのことである。なお、榊谷仙次郎記念館(下蒲刈島)にも当該日記は所蔵していないことを確認済み。
- NDC
- 参考資料
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(『榊谷仙次郎日記』榊谷仙次郎日記刊行会, 1969
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『土木に生きる また楽しからずや』飯吉精一,技報堂出版,1978
- 『大連 空白の六百日』富永孝子,新評論,1986
- 『長寿記念 長生きもまた愉し』高橋裕編,発行,1990
- 峯崎淳,榊谷仙次郎と南満州鉄道株式会社,(「CE」2007年7月号~2011年3月号に43回にわたり連載)
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(『榊谷仙次郎日記』榊谷仙次郎日記刊行会, 1969
- キーワード
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- 満州
- 建設業
- 満州土木建築業協会
- 談合排除
- 榊谷組
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 個人名を引用しているが、いずれも著書を持つ公人とみなしている。
- 調査種別
- 所蔵調査
- 内容種別
- 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000088114