レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2012/04/11
- 登録日時
- 2012/06/15 02:00
- 更新日時
- 2012/06/15 02:00
- 管理番号
- 滋2010-0097
- 質問
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解決
古代の近江国分寺の場所を知りたい。
- 回答
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『滋賀県百科事典』によりますと、「(前略)近江の国分寺は、紫香楽宮の後、あるいは甲賀寺の後がそれになったとの説もあるが、これらについては確定した説とはなっていない。しかし奈良時代の終りころには、瀬田の国府の南方に僧尼両国分寺がおかれていたことはほぼ確実であろう。785年(延暦4)にこの国分寺が焼失すると、瀬田川西岸の地にあった国昌寺が国分寺の役割をはたすようになったらしい。その後820年(弘仁11)には、国昌寺に丈六の釈迦仏および七重塔をおき、これを近江国分寺としたようである。そして国分尼寺もこの付近にうつったらしく、1017年(寛仁元)には、僧尼両国分寺が野火のため焼失したことがつたえられている。その後国分寺の復興がどのように行われたか、はっきりしないが、文献の上では鎌倉時代初頭のころまで何らかの形の堂舎のあったことがたどれるのである。(西田 弘)」とあります。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 寺院.僧職 (185 8版)
- 参考資料
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- 1 滋賀県百科事典 滋賀県百科事典刊行会∥編 大和書房 1984年 S-0300- 84 p.281-282
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2 新修大津市史 第1巻 古代 林屋辰三郎∥[ほか]編 大津市役所 1978年 S-2111-1 -
3 新修国分寺の研究 第3巻 東山道と北陸道 角田文衛∥編 吉川弘文館 1991年 2-1859-3 -
4 滋賀県史蹟調査報告 第5冊 崇福寺に関する延暦僧録の記事 他 肥後和男∥著 滋賀縣保勝會 1933年 S-2200-5 -
5 近江國分寺 柴田實∥著 考古学研究会 1938年 5-1811- 38 -
6 近江の古代寺院 [正] 小笠原好彦∥[ほか]著 近江の古代寺院刊行会 1989年 5-2200- 89
- キーワード
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- 近江国分寺
- 古代寺院
- 国昌寺
- 甲賀寺
- 紫香楽宮
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000107108