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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000191992
提供館
(Library)
釧路市中央図書館 (2310212)管理番号
(Control number)
M0226
事例作成日
(Creation date)
2014年6月8日登録日時
(Registration date)
2016年05月08日 15時48分更新日時
(Last update)
2017年05月14日 15時33分
質問
(Question)
丹葉節郎という人物について知りたい。
①生没年月日
②釧路市公民館長在任期間
③釧路でのアイヌ文化の(啓蒙)活動等事蹟・経歴
回答
(Answer)
①1907年11月3日、父・国一郎と母・とよの長男として函館市東雲町に生まれる。
 1994年2月21日、脳梗塞により釧路市医師会病院で没す。
参考資料:『丹葉節郎-郷土文化に貫く熱情-』

②1950(昭和25)年4月~1967(昭和42)年3月の期間、公民館長として在任。

③1945(昭和20)年:釧路・東京で小学校教師を務めたが、終戦後帰釧。
 1950(昭和25)年4月:初代専任釧路市公民館長に就任。
        7月:「白糠駒踊り」復活。
        10月:釧路ユネスコ協会を設立。
           第1回「阿寒湖畔マリモ祭り」開催。
 1952(昭和27)年12月:吉良平治郎顕彰パレード。
 1953(昭和28)年8月:釧路アイヌ古式舞踊発表会開催。
 1958(昭和33)年11月:湯川秀樹博士来釧。
           松浦武四郎像除幕。
 1959(昭和34)年8月:釧路仏舎利塔落慶式(奉讃会会長)。
1964(昭和39)年11月:釧路市公民館が文部大臣賞を受賞。
 1966(昭和41)年11月:近江屋旅館跡「小奴碑」建立。
 1967(昭和42)年3月:公民館長退職。
           「くしろ蝦夷太鼓」発会。
           阿寒観光センター理事長に就任。

このほか、昭和50年12月阿寒湖アイヌ協会から節郎にミチ(父)の尊称が送られており、昭和52年のアイヌ湖畔アイヌ・ユーカラ劇のパリ公演実現などにも取り組んだ。また、昭和61年には釧路生活文化伝承保存研究会(現:釧路アイヌ文化懇話会)を設立するなどアイヌ文化事業に貢献した。
回答プロセス
(Answering process)
丹葉氏については各参考資料に年譜があるため、各資料を比較し、公民館長およびアイヌ文化研究者としての事績を中心にまとめた。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
風俗習慣.民俗学.民族学  (380)
参考資料
(Reference materials)
『北海道人物・人材情報リスト 1998』(p.1316) 日外アソシエーツ/編, 1998. K280.1/N/3 (資料コード:211309503)
『丹葉節郎-郷土文化に貫く熱情-』(p.341-344) 釧路新聞社/編, 「丹葉節郎」刊行委員会, 1983. K280.2/T (資料コード:211942478)
『丹葉節郎翁の足跡』(p.161-163) 丹葉節郎翁を顕彰する会/編, 片山 睦三, 1994. K280.2/T (資料コード:216043644)
キーワード
(Keywords)
丹葉節郎
アイヌ
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000191992解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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