レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20210325
- 登録日時
- 2023/03/15 15:41
- 更新日時
- 2024/01/11 14:48
- 管理番号
- 横浜市中央2694
- 質問
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解決
横浜の開港記念日は横浜市立の小学校が休みとなっている。これが最初に決まったのはいつか。
また、開港記念日は、開港当初6月2日だったが、明治42年の開港50年記念の際に7月1日になり、昭和3年に現在の6月2日に戻っている。その経緯について知りたい。
- 回答
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1 開港記念日を横浜市立小学校の休暇日とした時期について
開港記念日を正式に休暇日としたのは、1918(大正7)年6月です。
資料(1)(2)(3)には、小学校では前年の1917(大正6)年から休暇日となっていた旨の記述があります。
(1)『横浜市会史 第3巻』横浜市会事務局/編 横浜市会 1984.3
p.294 開港記念日を公休日と決定(第4章 大正7年の市会 6月19日)
「つぎに、本市開港記念日の七月一日を休暇日と定める件(市第六五号)が付議された。吉田助役
は、この日が横浜市のいわば誕生日であり、小学校では既に昨年から休校することになっているが、
これを本市の公休日に定めるために本案件を提出したと説明し」と記載があります。
(2)『横浜市会速記録 大正7年6月19日』(1918年)
※横浜市立図書館デジタルアーカイブ「都市横浜の記憶」で閲覧可
p.127-128 第65号議案 本市開港記念日タル七月一日ヲ自今休暇日ト定ムルモノトス
(3)『横浜市会の百年 資料編』 横浜市会百年史刊行委員会,横浜市会事務局/編
横浜市会百年史刊行委員会 1989
p.235 大正七年六月一九日 開港記念日(七・一)を公休日と定める件可決
(4)「本市休暇日を定むる件」(「横浜貿易新報」大正7(1918)年6月20日 p.2)
「本市開港記念日たる七月一日を自今休暇日と定むるものとす」
(5)『横浜市史稿 風俗編』 横浜市役所/編纂 臨川書店 1985.12
※国立国会図書館デジタルコレクションで1932年版を閲覧可
( https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1213723 )
p.103(96コマ目)開港記念日休暇日制定
1918(大正7)年に発布された告示の掲載があり、「此の告示に依り、市役所及び
全市小学校は、此年から毎年休暇日となったのである。」と記載があります。
2 開港記念日の変遷について
(1)開港記念日を「6月2日」とすることについて
横浜港が開港したのは、1859年7月1日(安政6年6月2日)です。
開港1周年にあたる1860年7月1日(蔓延元年6月2日)に洲干弁財天(しゅうかんべんざいてん)
で盛大なお祭りが行われました。
ア 『横浜市史稿 風俗編』 横浜市役所/編纂 臨川書店 1985.12
※国立国会図書館デジタルコレクションで1932年版を閲覧可
( https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1213723 )
p.98「…新興横濱が、一躍世界の活舞台に乗り出した記念すべき日、それは安政六年の六月二日
であった。
そして急激の発展と市況の繁栄とに促されて、金銭の洪水に見舞はれた其翌年の蔓延元年六月
二日には、開港一年祭が洲干辨天社の大祭をトして、共に挙行された。」
p.99「爾後毎年六月二日を以て、開港記念日と併せて神社の祭典を挙行した。」
イ 『横浜沿革誌』太田久好/編 石井光太郎/校訂 有隣堂 1970
p.28 蔓延元年の項
「同月(6月)二日、開港一周年なるを以て横浜洲干弁財天(従前、祭礼は八月十五日)祭礼の典
を挙行す」
ウ 『横浜もののはじめ考 第3版』横浜開港資料館/編 横浜開港資料館 2010.3
p.26 開港記念日の項
上記イを引用し、「本来八月十五日であった洲干弁財天の例祭は、以後この日に変えられた。これが
開港記念日の淵源である。」としています。
(2)開港記念日を「7月1日」とすることについて
ア 『横浜市史稿 風俗編』 横浜市役所/編纂 臨川書店 1985.12
※国立国会図書館デジタルコレクションで1932年版を閲覧可
( https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1213723 )
p.99「明治四十二年は恰も開港後五十年に相當するので、此年七月一日を期し、官民合同の下に、
全市を挙げて大々的祝賀式の挙行を見たのである。此祝賀日は従来の慣習に依り、陰暦を以て
挙行して来た厳島神社の祭日、六月二日の開港記念日を兼ねて執行すべきであったが、西暦
一八五九年七月一日(我が安政六年六月二日)の通商条約締結日である陽暦に依る事とし、
厳島神社大祭も同日に執行と取極め…」
イ 『横浜もののはじめ考 第3版』横浜開港資料館/編 横浜開港資料館 2010.3
p.26 開港記念日の項
「明治四二年には、開港五〇年祭が全市を挙げて盛大に行なわれ、浜菱の市章と市歌もこの時に
定められた。これ以降陽暦を採って七月一日が記念日となる。」
(3)開港記念日を再び、「6月2日」とすることについて
1928(昭和3)年3月23日の横浜市会の議決を経て、開港記念日は「6月2日」と定められました。
ア 『横浜市会議事速記録 昭和3年3月23日』(1928年)
※横浜市立図書館デジタルアーカイブ「都市横浜の記憶」で閲覧可
p.323-334 市第六三号議案「本市ノ開港記念日(七月一日)ヲ六月二日ニ変更スルモノトス」
当時の有吉市長が、変更の理由を述べています。
イ 『横浜市会の百年 資料編』 横浜市会百年史刊行委員会、横浜市会事務局/編
横浜市会百年史刊行委員会 1989
p.252 昭和三年三月二三日 開港記念日を六・二に決定
ウ 『横浜市史稿 風俗編』 横浜市役所/編纂 臨川書店 1985.12
※国立国会図書館デジタルコレクションで1932年版を閲覧可
( https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1213723 )
p.104 記念日の改正
エ 『横浜もののはじめ考 第3版』 横浜開港資料館/編 横浜開港資料館 2010.3
p.26 横浜開港 開港記念日
「昭和三年、市会の決議を経て、陰暦の六月二日に戻され、現在に至っている。」
オ 「記念日変更 賛否熱して原案可決」(『横浜貿易新報』1928(昭和3)年3月24日 p.2)
カ 「開港記念日六月二日 市会で議決」(「横浜毎朝新報」1928(昭和)3年3月24日 p.1)
3 その他
参考となる資料をご紹介します。
(1)『横浜をめぐる七つの物語 地域からみる歴史と世界 (Ferris Books)』
大西比呂志/著 フェリス女学院大学 2007.3
p.43-58 開港記念日変更の歴史的背景や横浜市会での議論の要約などの記述があります。
(2)『開港場横浜ものがたり 1859-1899 (よこはま史話)』
横浜開港資料館・横浜市歴史博物館/編 横浜開港資料館 1999.6
p.12 開港記念日はなぜ六月二日なのか?
(3)『地図と地形で楽しむ横浜歴史散歩』都市研究会/編 洋泉社 2017.4
p.156~159 七月一日に開港した横浜港の開港記念日が「六月二日」の理由は?
(4)『幕末・明治の横浜 西洋文化事始め』斎藤多喜夫/著 明石書店 2017.3
p.24-25 開港記念日の始め
(5) 「開港記念日 なぜ休み?」(「神奈川新聞」2021年4月18日 朝刊p.1)
「ハマっ子の大切な1日」(「神奈川新聞」2021年4月18日 朝刊p.21)
(6)年表
ア 『横浜近代史総合年表』 松信太助/編 有隣堂 1989.12
イ 『横浜歴史年表 複刻 上巻・下巻・索引合本』横浜歴史年表編纂委員会/編 白話 社 1973
ウ 横浜市立図書館デジタルアーカイブ「都市横浜の記憶」
横断検索画面に「開港記念日」と入力して検索すると、開港記念日に関する
記述がある資料を探すことができます。
「年表」をクリックすると、開港記念日に関する年表が表示されます。
(URL最終確認日:2023年3月6日)
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 関東地方 (213 8版)
- 参考資料
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000330366