レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021年11月21日
- 登録日時
- 2021/11/21 12:30
- 更新日時
- 2022/08/05 14:44
- 管理番号
- 郷土-998
- 質問
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解決
福山市に昭和初期に設立された黄道光観測所について分かる資料を知りたい
- 回答
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1 黄道光観測所設立当時の新聞記事より(「」は記事見出し)
『朝日新聞』広島県版
1937年(昭和12年)
1月28日「金は集まらず山本博士は督促 黄道光観測に悩み」
2月 3日「黄道光観測所新築に着手 寄附は後廻しとして」
2月 6日「黄道光観測の仮建設は中止! 山本博士からの電報」
2月10日「黄道光観測所は瀬戸星見山に内定 敷地五萬餘坪を無償提供 三月から観測開始」
2月11日「何處へ行く? 星見山内定の報 俄然尾道を刺激 京都帝大の黄道光観測所 決定は十六日ごろ」
2月17日「本観測所建築はやはり尾道へ 問題の黄道光観測所」
2月23日「黄道光の観測早くも開始さる 瀬戸村星見山の仮観測所」
2月26日「“黄道光”とは何? 宵の西空にみえる淡い光り 研究は日本が最も盛ん」
3月 2日「黄道光観測所 厳かな地鎮祭 瀬戸村星見山頂にて」
3月13日「黄道光観測所 盛大な落成式 来る廿一日星見山頂で」
3月30日「『世界的に見ても理想的な場所だ』 瀬戸臨時黄道光観測所をかたる山本博士」
一連の新聞記事によると,黄道光観測所は当初尾道市高須村浄土山山頂(尾道市外高須村字大山田)に建設が内定していたが,一転して瀬戸村に変更となった。
あくまで仮観測所ということで瀬戸村で建設が始まり,全村民をあげて整地工事を行い,建物の完成を待たずして観測が始まった。
2 雑誌『天界』より
『天界』東亜天文協会発行
第192号 1937年4月 p.227-228「瀬戸黄道光観測所だより(2月)」
第205号 1938年5月 p.197-199「国立黄道光観測所設置ニ関スル建議案」
第241号 1941年7月 p.222「黄道光観測所(広島県瀬戸村) 1940年総報告」
第192号に敷地の検分や村民による整地の様子を写した写真の掲載あり。
3 その他
・『毎日年鑑』1938年(昭和13年) 毎日新聞社/編 毎日新聞社 1937年 p.261-262
通称丸小山が星見山と改称されたことなど記載あり。
・『日本天文名所旧跡案内』 松村巧/著 1982年 【442M】 p.18
「黄道光観測所跡」としての紹介。
この観測所で岡林・本田彗星,フレンド・リース・本田彗星が発見されたとある。
・『日本アマチュア天文史』改訂版 日本アマチュア天文史編纂会/編 恒星社厚生閣 1995年 【442N】 p.145-158
9章の「黄道光」を本田実さんが執筆。
この地で気象観測を行い,天気予報を行うということが備後表の藺草の産地である瀬戸村にとってメリットとなるため,観測所を誘致したのではないかと記載あり。
また戦時中,観測所は対空監視哨に利用され,終戦後取り壊されたとある。
・『福山市史』近現代資料編Ⅲ 教育・文化 福山市史編さん委員会/編 福山市 2015年 【K211フ】p.581-582
「三四一 瀬戸村に黄道光観測所設置」として村田家文書『まこと』第27巻第3号(1937年3月10日)の掲載あり。
設置設置場所が尾道市から瀬戸村に変更されたことについての内容。
設置場所が「枠田池附近高地」とあり,現在の地図からも枠田池は確認できる。
- 回答プロセス
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『朝日新聞』は朝日新聞記事データベース「聞蔵Ⅱビジュアル」の地域面検索で広島県を検索し,記事を確認。
『天界』,『毎日年鑑』は国立国会図書館デジタルコレクションで記事を確認。
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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- 松村巧. 『日本天文名所旧跡案内』. 1982年. p. 18 (当館請求記号 442M, 当館資料番号 201261179)
- 『日本アマチュア天文史』改訂版. 恒星社厚生閣, 1995年. p. 145-158 (当館請求記号 442N, 当館資料番号 201375276)
- 『福山市史』近代現代資料編Ⅲ 教育・文化. 福山市, 2015年. p. 581-582 (当館請求記号 K211フ, 当館資料番号 205380702)
- キーワード
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- 黄道光
- 黄道光観測所
- 瀬戸黄道光観測所
- 本田実
- 星見山
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000307895