レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017年4月28日
- 登録日時
- 2019/10/12 11:54
- 更新日時
- 2020/01/25 10:11
- 管理番号
- 2017003
- 質問
-
未解決
山陽鉄道(国鉄)が1889年2月に姫路-正条間の路線の変更申請が足され、1889年3月に認可されて、現在のJR姫路-竜野の路線になったとのこと。変更前に予定していた路線図を知りたい。
- 回答
-
変更前の路線図を見つけることはできなかった。
参考資料として①『太子町史 2巻』、②『明治期鉄道史資料 第2集 第3巻 2 地方鉄道史 社史』、③『新日本鉄道史 上』、④『揖保川町史 第2巻』を、参考論文として「山陽鉄道敷設計画の背景-村野山人を中心に-」、「明治期幹線鉄道の研究史:山陽鉄道に関する主要研究の紹介と分析」をご案内し、国立公文書館のデジタルアーカイブもご紹介。
類縁機関案内として、たつの市立龍野歴史文化資料館と京都鉄道博物館もご紹介した。
- 回答プロセス
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依頼者は『太子町史』『山陽鉄道物語』『龍野市史』『姫路市史』をすでに閲覧済みで、『太子町史 2巻』(p.235)に一番詳しい記載があったとのこと。
2015年に類似のレファレンスを受けており、そのときの記録も参考に、
①『太子町史 2巻』太子町史編集専門委員会 編 太子町 1996
②『明治期鉄道史資料 第2集 第3巻 2 地方鉄道史 社史』野田正穂[ほか] 編集 日本経済評論社 1980
③『新日本鉄道史 上』川上幸義 著 鉄道図書刊行会 1967
以上の3点を県立図書館から取寄せて内容を確認。
①の資料に、着工に先立ち当初計画した路線の一部変更が1889年2月に申請され、3月に認可がなされているとの記述はあるが、路線図の記載はなし。
CiNiiで「山陽鉄道敷設計画の背景-村野山人を中心に-」(京都学園大学経済学部論集 第14巻 第3号 2005年3月 p.23~52)、「明治期幹線鉄道の研究史:山陽鉄道に関する主要研究の紹介と分析」(近畿大学短大論集 第48巻 第1号 2015年12月 p.63~70)がヒット。
内容を確認するも、路線図の記載はなし。
上記の資料を参考までに閲覧していただき、引き続き調査を行うことに。
太子町立図書館に①の資料の前述の記載内容の元になった資料や、変更前の路線図についてわかる資料がないか、また問合せできる機関はないかを調査依頼。
返答として、国立公文書館の「鉄道院文書」、「公文類従」13編にあたればわかるかもしれない、また、『揖保川町史』にも同じような記述があるかもしれず、編纂に携わった方がたつの市立龍野歴史文化資料館にいらっしゃるとの情報をいただく。
いただいた情報をもとに、国立公文書館デジタルアーカイブ(https://www.digital.archives.go.jp/)で「鉄道院文書」を検索するも、山陽鉄道関連はヒットせず。
「山陽鉄道」で検索すると、99件ヒット。「山陽鉄道線路中姫路正条間線路ヲ変更ス」、「山陽鉄道会社鉄道線路中心線ヲ変更ス」という文書が公開されていたが、路線図や詳細の記述はなし。
④『揖保川町史 第2巻』揖保川町史編纂専門委員会 編纂 揖保川町 2004
を県立図書館から取寄せて内容を確認。変更前の路線についての記述はなし。
お求めの情報があるかはわからないが、京都鉄道博物館に設置されている図書資料室に、鉄道を中心に交通・運輸に関する図書や資料が収集・保存されていることがHP(http://www.kyotorailwaymuseum.jp/)で紹介されていた。
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
- キーワード
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- 山陽鉄道
- 路線図
- 照会先
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- 太子町立図書館
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介 事実調査 所蔵調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000262556