レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2014/03/16
- 登録日時
- 2014/12/28 00:30
- 更新日時
- 2014/12/28 00:30
- 管理番号
- M14122522270172
- 質問
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明治時代に東山峠(岡山市中区)が開削されたそうだが、このことについて知りたい。
- 回答
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資料①によると、東山峠の坂道は、湊・門田両村の峠が極めて険しいので、明治9年9月から12月までの3か月間、のべ12,400余人で東山峠の掘削工事が行われた。
東山峠道改修碑には「土質堅牢にして且つあまたの厳石あり、刻開高艱難」とあり、三か所の坂道を一丈余り切り下げた。
また往時は、玉井宮の南の坂道から東山峠に出るようになっていたが、明治20年、門田の大道から直ちに弊立山の北麓を奥市に出て旧道に合するように改修された。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 中国地方 (217 9版)
- 参考資料
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- ①平井郷土史編集委員会/編 『ふるさと平井』岡山市平井学区コミュニティ協議会, 1994, 315p. 参照はp.104-105.
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- M2014122522224270172
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 全年齢
- 登録番号
- 1000165558