レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2016/08/05
- 登録日時
- 2016/12/04 00:30
- 更新日時
- 2016/12/04 09:17
- 管理番号
- 千県中参考-2016-30
- 質問
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解決
第2次世界大戦の頃、マダガスカル島の対岸にあるアフリカ大陸の町で日本人の捕虜交換が行われたと聞いた。町の名を「Lourenco Marques」と書くそうだが、現在の地図でその場所を知りたい。
- 回答
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【資料1】『世界地名大事典 3 中東・アフリカ』(竹内啓一総編集 朝倉書店 2012)(p.959)によれば、ローレンソマルケス(Lourenco Marques)はモザンビークの首都マプート(Maputo)の旧称です。地図上、マプートはモザンビークの南端、南アフリカ共和国との国境近くにあります。
- 回答プロセス
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自館の書架でNDC290(地理)付近の辞典類を確認しました。
【資料1】『世界地名大事典 3 中東・アフリカ』(竹内啓一総編集 朝倉書店 2012)
巻末の索引(欧文地名)により「マプート」(p.959)を確認しました。マプートはモザンビークの首都で、「18世紀末から1975年の独立まではローレンソマルケス(Lourenco Marques)市とよばれた」と書かれています。
【資料2】『平凡社アトラス世界地図帳』(梅棹忠夫[ほか]監修 平凡社 2005)(p.70)ほか各種の世界地図で「マプート」または「マプト」の位置を確認できます。
なお、国立国会図書館レファレンス協同データベースに、本件に関連する事例が載っています。
外務省外交史料館「太平洋戦争期、外交官等の交換を目的として派遣された日米及び日英交換船に関する記録はありますか」
(https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000075499)
「日米及び日英交換船に関する記録は、外務省記録「大東亜戦争関係一件 交戦国外交官其他ノ交換関係」に含まれています。(中略)交換に際しては、日本側からは浅間丸、竜田丸、鎌倉丸等が、交換地のロレンソ・マルケス(当時ポルトガル領。現在はモザンビークのマプート)に派遣されました」とあります。
(インターネット最終アクセス:2016年9月28日)
- 事前調査事項
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「Lourenco Marques」の正確な綴りは、「c」の下に髭のような形の記号が付く。
ウィキペディア「セディーユ」(フランス語)
(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%A6)によれば、この記号は特定の文字の下部に付加される区分符号の一種で、ポルトガル語で「セジーリャ」と呼ぶらしい。
- NDC
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- 地理.地誌.紀行 (290 9版)
- 参考資料
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- 【資料1】『世界地名大事典 3 中東・アフリカ』(竹内啓一総編集 朝倉書店 2012)(0106375320)
- 【資料2】『平凡社アトラス世界地図帳』(梅棹忠夫[ほか]監修 平凡社 2005)(0105880252)
- キーワード
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- 地名(チメイ)
- アフリカ(アフリカ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 地名,一般
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000200806