レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2019年10月22日
- 登録日時
- 2020/02/05 11:38
- 更新日時
- 2020/02/07 22:43
- 管理番号
- 中央館-0032
- 質問
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解決
水納島(みんなじま)という島の歴史について、わかることがあれば知りたい。水納島とは、宮古島と石垣島の間にある島のこと。
- 回答
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水納島にいつ頃から人が住み始めたかは不明だが、先史時代には人が住み、島外との交流も行われていた【多良間公式HPより】。
王府時代、痩せ地だったこともあり、住民は人頭税に苦しんだ。
また、流刑の地ともいわれ、1734年、平敷屋朝敏の長男が流刑に処された場所でもある。
1961年4月、18戸が宮古大野へと移住。
現在では、一世帯6名の住民がおり、畜産を営んでいる。
- 回答プロセス
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プロセス
・島図鑑、沖縄百科事典をあたり、水納島(多良間島)について調べた。
・インターネットにて、「水納島の歴史」を検索、多良間村公式HPの歴史のページを参照した。
・契約している有料DBの聞蔵Ⅱにて、「水納島」を検索。
次に挙げる図書とホームページ、データベースを参考にした。
①『沖縄大百科事典 下』 沖縄大百科事典刊行事務局/編集 沖縄タイムス社 1983年 【当館資料コード110514742】 P.622
②『シマダス 日本の島ガイド』 日本離島センター∥編集 新版 日本離島センター 2005.9 【当館資料コード111872073】 p.1266
③多良間公式ホームページ 「多良間村の歴史」
④聞蔵Ⅱ 朝日新聞朝刊 2005年10月21日号 P.120
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
- キーワード
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- 水納島
- 多良間村
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000273630