レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2010年11月3日
- 登録日時
- 2011/01/09 10:42
- 更新日時
- 2023/07/28 15:53
- 管理番号
- 岩手-0049
- 質問
-
解決
南部藩政時代、「盛岡八景」があったそうたが、どこの場所を指すのか知りたい。
- 回答
-
『岩手百科事典』(参考資料1)p.600「八景」中には
「近江八景」にならって様々な八景が岩手県内にあることが示されている。
その中で「盛岡八景」と呼ばれるものには、以下の通り幾つかの異説がある。
<江戸中期に、南部氏33代利視(一説には36代利敬)が選んだ盛岡八景>
1 鵜飼の晴嵐、2 新山(河岸)の帰帆、3 梁川の夜雨、4 新城(岩山)の秋月、
5 沢田の夕照、6 太田の落雁、7 北山の晩鐘、8 岩鷲の暮雪。
<『内史略(※)』中の盛岡八景>
1 舟橋夜雨、2 夕顔瀬夕照、3 古川の落雁、4 手代守の帰帆、
5 たた羅山暮雪、6 北上川の秋月、7 愛宕山晩鐘、8 北山晴嵐。
<「舟橋八景」を「盛岡八景」とよぶ場合>
1 安庭晴嵐、2 北上川帰帆、3 高嶋夜雨、4 鑪山(たたらやま)秋月、
5 舟橋夕照、6 沢田落雁、7 円光寺晩鐘、8 岩手山暮雪。
※『内史略』(横川良助 江戸後期)
和算家であり郷土史家であった盛岡の人、横川良助の著作。前編24冊、後編20冊。
盛岡藩史の集大成。
前編は『奥南旧史録』、『盛岡砂子』、『登曽草紙』等の収録であり、
後編は、藩の財政経済、百姓一揆、凶作など後世に伝えるべき事柄を著者自身が
諸記録から採録したもの。自筆原本は岩手県立図書館所蔵。刊本は『岩手史叢』
1~5巻に収録されている。 典拠資料:『岩手百科事典』(参考資料1)
このほか、「盛岡八景」について記述が確認できる資料は以下の通り。
参考資料2 『図説盛岡四百年 上巻』 p.370~371
(p.158~159に新山舟橋説明と古図掲載あり。)
参考資料3 『図説盛岡今と昔』 p.77
参考資料4 『目で見る盛岡今と昔』 p.150~151
参考資料5 『雫石川と太田橋』 p.211~220
参考資料6 『図説盛岡・岩手・紫波の歴史』 カラー口絵(p.8~9)
参考資料7 『盛岡の歩み 市政施行80周年記念』 p.261
参考資料8 『岩手史叢 第3巻』(『内史略』前18~前24 収録)
p.44、55~56、57、100~101、104、106、115
参考資料9 『岩手史叢 第4巻』(『内史略』后1~后10 収録)
p.89~90
参考資料10 『盛岡藩の絵師たち』 p.41~43
参考資料11 (和本)『岩手名勝詩歌選』
内容:盛岡八景を始めとする和歌俳諧の掲載あり。
- 回答プロセス
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1 キーワード「盛岡八景」、「八景」で蔵書検索のほか、
事典で「盛岡八景」の概要を掴む。
2 前項の典拠資料や盛岡の地史、地誌の類をブラウジング。
- 事前調査事項
- NDC
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- 歴史.世界史.文化史 (20 9版)
- 参考資料
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- 1 『岩手百科事典』 岩手放送岩手百科事典発行本部/編 岩手放送 1978年
- 2 『図説盛岡四百年 上巻』 吉田 義昭/ほか編著 郷土文化研究会 1991年
- 3 『図説盛岡今と昔』 吉田 義昭/編 盛岡市公民館 1964年
- 4 『目で見る盛岡今と昔』 吉田 義昭/著 盛岡市公民館 1972年
- 5 『雫石川と太田橋』 雫石川と太田橋編集委員会/編 雫石川と太田橋刊行会 1977年
- 6 『図説盛岡・岩手・紫波の歴史』 森 ノブ/監修 郷土出版社 2004年
- 7 『盛岡の歩み 市政施行80周年記念』 盛岡市庶務部企画調査課/編 盛岡市 1970年
- 8 『岩手史叢 第3巻』 岩手県立図書館/編 岩手県文化財愛護協会 1974年
- 9 『岩手史叢 第4巻』 岩手県立図書館/編 岩手県文化財愛護協会 1974年
- 10 『盛岡藩の絵師たち』 花巻市博物館/編 花巻市博物館 2005年
- 11 (和本)『岩手名勝詩歌選』 太田 孝太郎(夢庵)/著
- キーワード
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- 名勝
- 八景
- 盛岡
- 舟橋(船橋)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
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岩手県立図書館 レファレンス事例検索
「盛岡八景、舟橋八景について」検索キーワード:盛岡八景
https://www.library.pref.iwate.jp/iwsystem/refdb.html
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000076350