レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2015年12月15日
- 登録日時
- 2015/12/15 19:44
- 更新日時
- 2016/03/30 20:28
- 管理番号
- 名古屋市鶴-2015-025
- 質問
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解決
江戸時代初期、名古屋の海岸線がどのあたりにあったか知りたい。
- 回答
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名古屋は、江戸時代以降、埋め立てと新田開発により海岸沿いの土地を拡張してきたため、新田開発の経緯から海岸線を推測することができます。
『江戸期なごやアトラス』(名古屋市総務局 1998年)p13に地形図を元にした新田開発図があり、寛文12年(1672)の海岸線が記されています。
それ以前については、村界から推測することができます。
『名古屋400年のあゆみ』(名古屋市博物館/編 「名古屋400年のあゆみ」実行委員会 2010年)p20-21に、名古屋市南部の新田開発の図が掲載されています。
現在の南区にあたる地域については、『南区の新田干拓の歴史』(杢野雅英/著 杢野雅英 2003年)に新田の境界を記した地図が掲載されています。
- 回答プロセス
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江戸時代の新田開発に関する資料を調べました。『熱田歴史散歩』(日下英之/著 風媒社 1999年)p174「1 海岸線の移動」に「それは一口でいえば、江戸時代以降の干拓による新田を差し引けばよい。堀川の東では寛文十三年(一六七三)に開発された伝馬新田が最も古い。堀川の西では寛永十一年(一六三四)に拓かれた中島新田、同じ頃の開発と推定される中野外新田が古い。」と書かれています。
『[名古屋市]新田・埋立地開発年表』(大河内正敏/著 大河内正敏 1968年)に新田開発図がありますが、中島新田と中野外新田が掲載されていませんでした。
『名古屋市博物館常設展尾張の歴史 展示解説 2 (古代)』(名古屋市博物館/編 名古屋市博物館 1981年)p5の地図に1300~1500年頃の海岸線が記されていますが、縮尺が小さいため詳細な海岸線はわかりません。
『江戸期なごやアトラス』『名古屋400年のあゆみ』『南区の新田干拓の歴史』に比較的詳しい情報がありました。
調査にあたっては、以前の事例「名古屋市およびその周辺の海岸線が大昔(縄文時代など)どうなっていたかわかる地図がみたい。」https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000089347も参考にしました。
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本 (291 9版)
- 地形学 (454 9版)
- 参考資料
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新修名古屋市史第三専門部会 編 , 名古屋市. 江戸期なごやアトラス : 絵図・分布図からの発想. 名古屋市総務局, 1998. (新修名古屋市史報告書 ; 4)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002725915-00 -
名古屋市博物館 編 , 名古屋市博物館. 名古屋400年のあゆみ : Nagoya 1610-2010 : 開府400年記念特別展. 「名古屋400年のあゆみ」実行委員会, 2010.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010817115-00 -
杢野雅英/著. 南区の新田干拓の歴史. 杢野雅英, 2003.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I026737961-00 -
日下英之 著 , 日下, 英之, 1930-. 熱田 : 歴史散歩. 風媒社, 1999.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002768361-00 , ISBN 4833105179 -
大河内正敏/著 , 大河内‖正敏. [名古屋市]新田・埋立地開発年表. 大河内正敏, 1968.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I025936434-00 -
名古屋市博物館. 名古屋市博物館常設展尾張の歴史 : 展示解説 2 (古代). 名古屋市博物館, 1981.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001515557-00
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新修名古屋市史第三専門部会 編 , 名古屋市. 江戸期なごやアトラス : 絵図・分布図からの発想. 名古屋市総務局, 1998. (新修名古屋市史報告書 ; 4)
- キーワード
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- 海岸線
- 新田開発
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000185672