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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000187009
提供館
(Library)
神戸市立中央図書館 (2210004)管理番号
(Control number)
神戸図-958
事例作成日
(Creation date)
2016年01月14日登録日時
(Registration date)
2016年01月14日 11時29分更新日時
(Last update)
2016年12月25日 13時21分
質問
(Question)
海軍操練所の場所及び建物について、現在のどのあたりに当るのか、海軍操練所の場所を示す地図等はないか。また、建物の変遷について知りたい。
回答
(Answer)
海軍操練所の場所が現在のどこに当るのか、はっきり書き込まれたような地図はみつからず。
参照事例 https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000184432

※所蔵資料による類推結果は以下のとおり。

○神戸市史第1集 : 附圖(PV:0000026843  0012=3=1-8)を辿る
海軍操練所は、1863年6月操練局開設の許可を得た。
1864年2月にはほぼ完成するが、1865年3月には廃止となる。
神戸市史第1集 : 附圖(PV:0000026843  0012=3=1-8)第18図「神戸海軍操練所平面図」には建物の場所が記載されていないが、
1867年5月 には建物の位置の記載が認められる。(同資料 第20図「1867年5月神戸外国人居留地域図」参照)
1867年11月には、操練所の敷地内は、再整備され、運上所が建設されたほか、入江が整備されている。(同資料 第20図「最初の居留地区割図」参照)。ただし、この時点でも、旧海軍操練所の建物は記載されている。

○他の図と比較する
「兵庫港外国人居留地別紙附図」『神戸市史 第1集 : 資料3』(PV:0000029081  0012=3=1-5 p87)にも海軍操練所の図が掲載されている。この図は、前述の「1867年5月神戸外国人居留地域図」に類似しており、ほぼ近い時期の図と考えられる。この図は、かなり精度の高いもので、明治期の地図と重ねあわせることも可能で、建物の平面や場所が正確に把握できる。(神戸市中央区加納町6丁目2-1 現 関西電力ビル )

○各年代の地図との照合による海軍操練所の場所とその後の土地の利用のあり方
1868年1月1旧(慶応3年12月7日)海軍操練所の建物は、イギリス領事館として利用されるようになり、1868年11月には賃料が決定される。
兵庫県御免許 開港神戸之図 1968年『外国人居留地と神戸』(PV:7200359428  0012=1851=)p31に、海軍操練所建物に「イギリス コンスル」の記載がある。
J.W. ハート作成の1872年 旧居留地地図(PV:0000240043  0012=232=)には、海軍操練所跡地にH.B.Ms’ Consulate と記載。これは、Her Britannic Majesty consulate の略なので、1872年までは、イギリス領事館が使用していたと確認できる。
明治5年官制 兵庫神戸実測1/3000 (神戸市立博物館蔵)『外国人居留地と神戸』(PV:7200359428  0012=1851=)
9番 競売時は、和蘭 テキストルそのため、9番は蘭の表示 旧海軍操練所建物には、テツドウ出張所とある。これは、明治四年ごろ、日本政府が旧海軍操練所の土地を必要とし、イギリスに返還を迫っていた頃、土地の一部を民部省鉄道寮が使用していたため、鉄道出張所との表記がされたと思われる。
イギリス領事館が移転したためとも取れるが、明治4年の写真には、9番には、イギリス国旗は掲げられておらず、明治中期にイギリス領事館とされる建物とも異なっている。(『明治の異人館』(PV:0000230628  523=29=)参照)
そのため、イギリス領事館、は、明治7年に領事館としての建物新築、完成後に移転したと考えられる。
明治3(1870)年には、イギリス政府との約定書に「開港以来貸し渡し・・」とある。
明治4年4月再び貸付の延長が承認される。以上(神戸市史第1集 : 本編各説(PV:0000030005  0012=3=1-2 P703~705)
明治5年3月刊行の「明治五年神戸町絵図」(神戸市史第1集 : 附圖 第6図)にも、建物の記載が認められる。
明治7年6月1日にイギリスからの建物取り壊し要求に応じて、建物は解体され、一部を明治8年、湊山小学校に移した。
明治7年イギリス領事館は、居留地9番に移転する。
「明治十年兵庫神戸地図」(神戸市史第1集 : 附圖 第7図)には、建物のあった敷地の区画は記されているが、建物は描かれておらず、解体後の地図作成であることがわかる。
明治14(1881)年作成の「小野濱」(『明治前期・昭和前期神戸都市地図』(PV:0005240130 0012=988= p66)にも同様の痕跡が認められる。
明治18(1885)年「三宮」(同資料 p45)では、痕跡は完全に消えている。
回答プロセス
(Answering process)
「兵庫港外国人居留地別紙附図」『神戸市史 第1集 : 資料3』(PV:0000029081  0012=3=1-5 p87)によって、その位置関係と、建物の場所の特定が可能となる。その後は、各年代の地図との照合によって、海軍操練所の場所とその後の土地の利用のあり方が確認できる。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本  (291 8版)
近畿地方  (216 8版)
参考資料
(Reference materials)
神戸市史第1集 : 附圖(PV:0000026843  0012=3=1-8)第18図「神戸海軍操練所平面図」 第20図「神戸外国人居留地域図」「最初の居留地区割図」 第6図「明治五年神戸町絵図」第7図「明治十年兵庫神戸地図」
神戸市史 第1集 : 資料3(PV:0000029081  0012=3=1-5 p87)兵庫港外国人居留地別紙附図」 明治5年官制 兵庫神戸実測1/3000
『外国人居留地と神戸』(PV:7200359428  0012=1851=)p31 兵庫県御免許 開港神戸之図 1968年
『神戸外国人居留地とJ.W。ハートの地図について』三宮ライオンズクラブ 1967 J.W. ハート作成の1872年 旧居留地地図(PV:0000240043  0012=232=)
『明治の異人館』(PV:0000230628  523=29=)
神戸市史第1集 : 本編各説(PV:0000030005  0012=3=1-2 P703~705
『明治前期・昭和前期神戸都市地図』(PV:0005240130 0012=988= p45「三宮」 p66「小野濱」)
キーワード
(Keywords)
海軍操練所
イギリス領事館
H.B.Ms' consulate
居留地
9番
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
図書館
登録番号
(Registration number)
1000187009解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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