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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000187330
提供館
(Library)
さいたま市立中央図書館 (2210012)管理番号
(Control number)
中央-1-00955
事例作成日
(Creation date)
2016年01月05日登録日時
(Registration date)
2016年01月21日 19時40分更新日時
(Last update)
2016年02月24日 15時34分
質問
(Question)
三宅可参という人物について知りたい。
上方の儒者・三宅寄斎や、その養子・三宅道乙らの関係者、もしくは別名ではないか?
回答
(Answer)
三宅可三(可参)は、三宅寄斎(亡羊)の孫のようである。

・『藤村庸軒をめぐる人々』 白嵜 顕成/著 思文閣出版 2011年
p97 昌尚とは、亡羊の孫三宅可三の字である。山上尚男家に伝わる三宅家系図に可三は次のように出る。
 昌尚 衝雪斎 伯省 可三 
備前岡陽国子司業権 
侍講

p101~104 〝亡羊の孫、三宅可三は三十九歳の若さで亡くなった。将来を嘱望されながらあまりにも若い死であった。山上家文書には可三の漢詩は次の2詩だけが知られている。『扶桑名勝詩集』巻上(吉田元俊編、延宝八年板行)の「備前八景」と『扶桑名勝詩集』巻中(同上)の「西山平岡十景」がそれである。″
とあり、「備前八景」と「西山平岡十景」の詩が掲載されている。


・「藤村庸軒をめぐる人々(二)-三宅道乙-」白嵜 顕成教育諸学研究 17, p1–20, 神戸女子大学 2003年5月 
CiNii Articles( http://ci.nii.ac.jp/ ) オープンアクセス(最終確認:2016年1月21日)

三宅道乙書置・遺書の解説の部分で、 
p16 「遺書之事」は寛文六年に書かれており、この時は三宅可三は存命であった。しかし、可三は寛文十二年(一六七二)八月十七日、三十九歳の若さで亡くなった。そこで道乙は、延宝三年八月に遺書を書き変えた。それが(106)「三宅道乙遺書之條々」である。
との記述あり。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
茶道  (791)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
人物
質問者区分
(Category of questioner)
登録番号
(Registration number)
1000187330解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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