レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20030725
- 登録日時
- 2005/02/04 02:12
- 更新日時
- 2005/11/25 10:37
- 管理番号
- C2003F0959
- 質問
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解決
「夏外套」とはどのような服か。「夏羽織」とは別のものか。図または写真を入手したい。
- 回答
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下記(1)の資料において、「明治8年制定の陸軍将校外套と雨覆」という項目があり、「マントは雨覆といい、夏の雨覆は鼠色地で裏は濃紺で、これをとくに夏外套と称した」との記述とイラストがありました。また(2)の資料にも、(1)の資料のものとほぼ同じと見られる夏外套のイラストを確認しました。
また、一般市民が夏外套を着用した事実について調査したところ、(3)の資料に、「日清戦争後の好景気に夏外套が流行し、インバネス、半とんびとも呼ばれた」旨の記述があったので、インバネスおよび半とんびも含めて調べたところ、(4)の資料に「洋服用インパネス」の写真がありました。しかし、(5)の資料によると、「丈や形に多少の相違はあるがほぼ似たようなものを、とんび、とんび合羽、二重廻し、二重外套、二重マント等様々な名称で呼んでおり、明治27、8年頃には同形の夏外套をこれらのものの原型であるインバネスといっていた」旨の記述がありました。また、(6)の資料にも「トンビ、二重廻し、インバネス等の名称は厳密に使い分けられず、その名称だけでその形を限定するのは難しい」旨の記述がありました。
(1)『日本の軍装 図鑑 下巻』 笹間良彦著 雄山閣出版 1970 307p 限定版
該当箇所:pp.144-145
(2)『日本の軍装 幕末から日露戦争』 中西立太著 大日本絵画 2001.4 84p
該当箇所:p.45
(3)『近代日本服装史--明治時代-17-』(『学苑』 285 1963.9 pp.66-78)
該当箇所:pp.66-68
(4)『近代日本服装史』 昭和女子大学被服学研究室〔編〕 近代文化研究所 1971 837p
該当箇所:p.128
(5)『日本服飾史辞典』 河鰭実英編 東京堂出版 1969 318p 図版
該当箇所:pp.230-231
(6)田辺 真弓「近代日本における外套--二重廻しと吾妻コートについて」(『紀要』 38 2002.3 pp.216-200)
該当箇所:p.202
上記資料以外に、下記(7)~(10)等の資料も調査しました。
(7)『明治文化史 第12巻』 開国百年記念文化事業会編 原書房 1979.8 746p 生活/渋沢敬三編 東洋文庫蔵 洋々社 昭和28年~32年刊の複製
pp.9-106 遠藤武:衣服と生活
(8)『写真にみる日本洋装史』 遠藤武,石山彰著 文化出版局 1980.7 315p
(9)『明治文化全集 別巻』 明治文化研究会編 日本評論社 1993.1 14,1493p 明治事物起原/石井研堂〔著〕 春陽堂 昭和19年刊の複製
(10)『衣服と流行』 大橋又太郎編 博文館 明28.10 233p 日用百科全書;第6編マイクロ資料
< >内は当館請求記号
- 回答プロセス
- 事前調査事項
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〔典拠〕森鴎外「うたかたの記」下、志賀直哉「匙」、里見弴「多情仏心」中の不動堂の中、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」中のポラーノの広場中にも「夏外套」という記述が見える。
〔調査済資料〕文化学園服飾博物館の収蔵品データベース:「コート」はあるが「夏外套」はなし。国立民族学博物館の服装・身装文化データベースになし。
- NDC
-
- 衣食住の習俗 (383 9版)
- 参考資料
- キーワード
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- 夏外套
- 服飾-歴史
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 質問者区分
- 大学図書館
- 登録番号
- 1000014348