レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20191001
- 登録日時
- 2019/12/03 00:30
- 更新日時
- 2023/07/17 13:36
- 管理番号
- 400000119
- 質問
-
解決
茨木市にある溝咋神社について知りたい
- 回答
-
『茨木の史跡』(茨木市教育委員会/編 茨木市教育委員会 1998)P17 P49-50
P17に、溝咋遺跡の記述あり。
P49-50に、溝咋神社の説明あり。
『史跡ぶらりみてある記』(茨木市市長公室広報広聴課/編 茨木市市長公室広報広聴課 1988)P6
広報いばらきで掲載していたものを、市制施行40周年記念として、小冊子にまとめたもの。溝咋神社への行き方も記載されている。
『上方10 上 第109号-120号』(上方刊行会/編 新和出版社 1970)P97-99
上方第110号に溝咋神社の記述あり。天野高信著。
『ふるさとの史跡めぐり』(1979.9.29)
新聞「きつつき」に掲載されているふるさと史跡めぐりをまとめた本。「ふるさとの史跡めぐり26」に、溝咋神社の記載あり。
『日本歴史地名大系28 大阪府の地名』(平凡社 1986)
主神、社宝などの記述あり。現社殿の造営者についても記載されている。
『茨木市文化財資料集 第1~10集(第8集除く)』(茨木市教育委員会/編)(第2集)P1-12 (第7集)P17
第2集P1-12に、溝咋神社所蔵の掛軸や獣鏡、弥生式土器等の写真あり。(白黒)
第7集P17に、茨木市の文化財第7集には古図もあり。
『式内社調査報告 5』(社研究会/編 皇学館大学出版部 1977)P396
由緒、所在、祭神などの記載あり。5万分の1の周辺地図あり。
『大阪府神社名鑑』(大阪神道青年会/編 大阪府神道青年会 1971)P313
祭神、由緒などの記載あり。写真掲載(白黒)
『広報いばらき 昭和52年~58年』(茨木市市長公室広報公聴課/編 茨木市市長公室広報公聴課 1983)P8
市広報いばらき昭和58年1月号の、「史跡ぶらりみてある記」に溝咋神社の記載あり。写真・地図あり。
『西国街道』(向陽書房 1987)P120-121
溝咋神社の歴史・神話の記載あり。上社・下社と分かれていたが現在は下社のみ。上社の跡地である浪商学園内には「溝咋神社 上宮跡」という石碑が立てられている。
『新修茨木市史第9巻 史料編』(茨木市史編さん委員会/編 茨木市 2008)P39 P140 P158
P39に、溝咋神社が所有している網敷天神像の口絵あり。
P140に、溝咋神社についての略史あり。
P158に、口絵の解説あり。
『新修茨木市史第2巻 通史2』(茨木市史編さん委員会/編 茨木市 2016)P771
「溝咋神社文書」より引用した、溝咋神社の説明あり。
『わがまち茨木 神社・仏閣編』(茨木市教育委員会・茨木市/編 茨木市 1989)P22-23
名称・所在・祭などの詳細あり。
P23に、境内社の詳細あり。
『歴史懇談 第2号』(大阪歴史懇談会 1985.7)P24-28
「鬼の系譜と人との関わり」(島野 穣/著)
溝咋神社の絵馬「鬼の首と斬った武将」についての考察。
大阪府立中之島図書館資料
『溝咋神社記』(大阪府立茨木高等女学校郷土研究室/編 大阪府立茨木高等女学校郷土研究室 1940)P1-51
「鹿島大神及香取大神 本尊美翁記念会 1939」と一緒に綴られている。
P1-5に「一、鎮座地と御祭神」、P5-26に「二、御祭神に関する史実」、P26-28に「沿革」
P28-34に「御霊験と崇敬」、P34-35に「祭祀」、P35-37に「社殿」、P37-43に「宝物、器物」
P43-44に「神宮寺」、P45-51に「溝咋神社奉賛會趣意書會則並に役員」
インターネット情報
『大阪文化史研究』
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1917938
魚澄惣五郎/編 星野書店 1943 P104(64コマ目)-P129(76コマ目)
「三 溝咋神社(天野高信)」の項。主に祭神である五十鈴媛命の伝承が記載されている。
国立国会図書館デジタルコレクション資料。(2019年10月確認)
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
-
- 神社.神職 (175 9版)
- 参考資料
- キーワード
-
- 溝咋
- 神社
- 茨木市
- 歴史
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000269717