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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
宮城県図書館 (2110032)管理番号
(Control number)
MYG-REF-170012
事例作成日
(Creation date)
2015/07/30登録日時
(Registration date)
2017年08月02日 00時30分更新日時
(Last update)
2017年08月02日 00時30分
質問
(Question)
元は侮蔑表現である「白河以北一山百文」という言葉が,東北人の反骨精神を表すフレーズとして使用されることがあるという記述を,インターネット上で見かけた。
そのような使用法があることを裏付ける資料はあるか。
回答
(Answer)
下記資料に記載がありました。※【 】は当館請求記号です。
資料1 河西英通『続 東北』中央公論新社, 2007【212/014/2】
pp.ⅰ-ⅲ「はじめに」の項中の「白河以北一山百文」の項
「「白河以北一山百文」という言葉がある。(中略)この蔑称に抵抗する意味を込めて、宮城県仙台では『河北新報』が創刊され、旧盛岡藩出身で平民宰相といわれた原敬は「一山」と号したという。(中略)「白河以北一山百文」が自己認識として用いられる場合、強烈な主体性、アンチ西南意識が込められていた。たとえば、山形県米沢の『奥羽新報』は、いつの日か、『薩長人』に代わって、『奥羽人』が参議や卿輔となり、東北人ではなく、西南人が「一山百文」視されるだろう、と展望していたし、仙台の『東北新報』社長高瀬真之介(真卿、茨城県出身)は、就任挨拶で、これから「一山百文社会」の一員となって、「白川以南一山五厘ノ人物ト張リ合ントス」とのべている。また、青森県弘前の東奥義塾の『学友通信』にも、「鴨川以西一山五十文」という表現が見える。東北のイメージとして「白河以北一山百文」が定着するものの、そこには西南日本に対する明確な対抗意識が含まれていたことを忘れてはならないだろう。(後略)」

資料2 河北新報創刊八十周年記念事業委員会 編『河北新報の八十年』河北新報社, 1977【070.67/770】
pp.24-25「1 東北に光掲げて」の項中の「不変の題号・題字」の項
「(前略)東北を指して「白河以北一山百文」と軽んじられていた。これに対する怒りが早くから健治郎の胸中に秘められていた。「いつの日かこの汚名をそそがずにはおかない」という決意が題号に結集されたのである。同じ思いは、東北が生んだ平民宰相原敬が自ら「一山」と号していたことにもうかがわれる。(後略)」
※文中の「健治郎」とは,河北新報の創業者,一力健治郎のことです。

資料3 河北新報創刊百周年記念事業委員会 編『河北新報に見る百年』河北新報社, 1997【210.6/971/タ】
p.3「刊行にあたって」の項
「(前略)河北新報は、(中略)「東北振興」のために働いてきました。東北地方の人々のための新聞でありたいとの願いからです。その思いは、題号『河北新報』に託されています。河北とは、白河以北、東北の地を指します。明治政府による「白河以北、一山百文」との蔑視に敢然と挑戦する姿勢を掲げているのです。(後略)」
p.23「明治・大正編/平民宰相原敬」の項中の「小史」の項
「盛岡出身の平民宰相・原敬の俳号は「一山」。河北新報の題号に通じる。すなわち、東北を「白河以北、一山百文」と侮る者たちへの挑戦であった。(後略)」

資料4 伊藤重道『東北民衆の歴史 近世・維新編』無明舎出版, 2006【212/065】
pp.349-351「明治維新と東北」の項
「(前略)原敬は、この「一山百文」にちなんで、それを俳人としての自らの号となし「一山(または逸山)」と称しました。盛岡市の原邸もまた「一山荘」と呼んだと伝えられます。(中略)「白河以北 一山百文」の屈辱をはねかえそうと貫いた東北人の気概はたしかなものだったろうと思います。(後略)」

資料5 河西英通『「東北」を読む』無明舎出版, 2011【212/11Y】
p.34「第二章 『奥羽新報』と『東北新報』」の項
「(前略)『奥羽新報』(明治新聞雑誌文庫所蔵)の一八八一年一月二二日付(第九号)掲載記事『東北新報ノ論説ヲ読ム』の一節である。(中略)東北民衆は世間から軽んじられ、自ら卑屈にも薩長人の鼻息をうかがっているが、学問に励み精を出すならば、やがて彼らに代わって天下国家を担い、「一山百文」という差別的レッテルを逆に西南人に貼り返す日も来るだろう、というものであった。(後略)」

資料6 『日本大百科全書 22』小学館, 1988【031/ニ3/22タ】
p.449「宮城(県)みやぎ」の項中の「社会・文化」の項
「(前略)『河北新報』は一八九七年(明治三〇)に「白河以北 一山百文」といわれた東北の振興を念願として創刊された。(後略)」
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
東北地方  (212 9版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
言葉
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
言葉
質問者区分
(Category of questioner)
学生
登録番号
(Registration number)
1000219693解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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