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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2015-170
事例作成日
(Creation date)
2015年03月07日登録日時
(Registration date)
2016年01月28日 11時02分更新日時
(Last update)
2016年05月10日 18時34分
質問
(Question)
上川上村がなぜ古河藩の飛び地となったのか知りたい。
回答
(Answer)
上川上村が古河藩の飛び地となった理由について記述のある資料は見あたらなかった。
回答プロセス
(Answering process)
1 自館資料で上川上村について調べる。
『埼玉県市町村誌 第13巻』(埼玉県地域総合調査会〔編〕 埼玉県教育委員会 1978)
 p92「近世の領有関係及び町村制施行までの行政区画」に、「上川上村 正保田園簿:天領 旗本 深尾氏 伴氏 斎藤氏 小栗氏 旧高旧領取調帳 古河藩土井氏」とあり。
『旧高旧領取調帳 関東編 日本史料選書 3』(木村礎校訂 近藤出版社 1969)
 p131「上川上村 古河藩領分 1392.4020 古河県 
 菅沼初之助知行 200.0000 浦和県」
『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』(角川書店 1980)
 p254-255「かみかわかみ 上川上」
 「〔近世〕上川上村 元禄11年すべて忍藩領、享保19年再び幕府領、明和7年川越藩領、文政4年からは下総古河藩領。」
『埼玉県の地名 日本歴史地名大系 第11巻』(平凡社 1993)
 p860-861 「上川上村 かみかわかみむら」
 「田園簿では田方一千五十一石余・畑方三二六石余、幕府領と旗本深尾・伴・斎藤・小栗の四家の相給。元禄12年(1699)忍藩領となり、元禄-宝永期(1688-1711)には百姓 本人六四・水呑七、家内人数三五〇、馬三〇、用水は天神河原用水を利用(忍領覚帳)。享保19年(1734)幕府領、明和7年(1770)川越藩領となる(「風土記稿」「松平藩日記」など)。幕末の改革組合取調書では下総古河藩領。「風土記稿」によると家数八〇。天保13年(1842)の熊谷宿助郷村高覚(「海駅門」熊谷市立図書館蔵)によると助郷勤 高九四五石。」

2 古河藩に関する資料を調べる。
『古河市史 通史編』(古河市史編さん委員会編 古河市 1988)
 p249-252「古河藩の変遷」
 p252 3-3表「寛文3年と天保5年の古河藩領」
 「国名:武蔵 郡名:埼玉 寛文3年郡別村数:13 天保5年城付村数:10 新領分村数:10 郡別村数:20」村名の記述なし。

『古河市史 資料 近世編(藩政)』(古河市 1979)
 p639-668「御領分郷村高帳(天保5年)」
 下総国以外にも、下野国・武蔵国・摂津国・播磨国・美作国に領地あり。
 p654「同国同郡〔武蔵国埼玉郡〕 拾里 上川上村 高千三百九拾弐石四斗弐合 内弐拾五石七升八合 年号不知 前々改出新田」
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
日本  (291 9版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
上川上村
古河藩
飛び地
熊谷市
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土 地名
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000187623解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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