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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000100473
提供館
(Library)
埼玉県立久喜図書館 (2110009)管理番号
(Control number)
埼熊-2011-138
事例作成日
(Creation date)
2011年09月15日登録日時
(Registration date)
2012年01月22日 13時51分更新日時
(Last update)
2012年06月05日 11時07分
質問
(Question)
児玉(現本庄市)にある東岩(石)清水八幡神社を作った「妻沼の棟梁伝兵衛」とはどんな人物か知りたい。
回答
(Answer)
「妻沼の棟梁伝兵衛」についてわかる資料は見つからなかった。伝兵衛が作ったとされる八幡神社の社殿は、県の指定文化財になっている。
関連資料として、伝兵衛の名が見られた資料と、八幡神社の工法について解説している資料を紹介した。

八幡神社と伝兵衛について記述のある資料(伝兵衛の名があらわれるもの)
『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』(埼玉県神社庁 1998)
p798 八幡神社の項に、「現在の社殿は、児玉時国から数えて十五代目に当たる久米六右衛門の発起で享保三年(1718)起工し、同七年に完成を見たもので、延宝二年(1748)には修理が施された。平成二年に県指定有形文化財となったこの社殿は、妻沼の伝兵衛を棟梁として建造され」とあり。

『児玉町史 民俗編』(児玉町教育委員会編 児玉町 1995)
p438「享保七年(1722年)完成。棟梁は妻沼の伝兵衛である。」とあり。

『本庄市の文化財』(本庄市教育委員会編 本庄市教育委員会 2009)
p16「八幡神社社殿及び銅製鳥居」の項あり。
「社殿は本殿・弊殿・拝殿が連結した複合社殿で、地元の豪族久米六右衛門が中心となって享保7年(1722)に再建されたもので、棟梁は妻沼の伝兵衛で、彫刻は江戸の彫刻師五右衛門と茂右衛門という当代の名手の手になるといわれる。(後略)」とあり。

『児玉町の文化財』(児玉町文化財保護審議委員会編 児玉町教育委員会 1988)
p11「13.八幡神社社殿」
「現在の建物は、(中略)享保3年(1718年)に起工し、同7年(1722年)に完成、棟梁は妻沼伝兵衛」とあり。

八幡神社社殿の工法等について記述のある資料
『埼玉県指定文化財調査報告書 18』(埼玉県教育委員会編 埼玉県教育委員会 1992)
p1-6「八幡神社社殿及び銅製鳥居一棟及び一基」社殿の工法についての詳細な記述あるが、棟梁伝兵衛についての記述なし。
「所見」として「この社殿は(中略)優秀な工匠によって造営された質の高い社殿であるので、児玉地方の代表的社殿として指定することが良いと思われる。」とあり。
回答プロセス
(Answering process)
八幡神社について記述のある資料は以下のとおり。
『県社八幡神社社誌』(八幡神社 1939)
p4-5「由緒」中に「今の本殿拝殿は享保七年再造にかゝるものにて、当時の地頭等巨額の資を寄附せられ社殿を改造して壮麗美観をなせり」とあり。

『埼玉の近世社寺建築 -埼玉県近世社寺建築緊急調査報告書-(埼玉県有形文化財調査報告 1)』(埼玉県教育委員会 1984)
p114-115「八幡神社 児玉郡児玉町本町198」青銅鳥居の刻銘で鋳物師についての記載はあるが、本殿の棟梁についての記述なし。

『埼玉大百科事典 4』(埼玉新聞社 1975)
p199-202「八幡神社」
p201「15 児玉郡児玉町本町198」棟梁についての記述なし。

『近世社寺建築調査報告書集成 4 関東地方の近世社寺建築』(東洋書林 2003)
p114-115「八幡神社 児玉郡児玉町本町198」

記述のなかった調査済み資料 
神社に関する資料
『武蔵の古社』(菱沼勇著 有峰書店 1972)
『埼玉県の神社』(埼玉県神職会編 国書刊行会 1984)
『埼玉県神社関係古文書調査報告書』(埼玉県立文書館編 埼玉県教育委員会 1990)
『「埼玉の神社」刊行事業報告書』(埼玉県神社庁神社調査団編 埼玉県神社庁 1999)
『児玉郡神社一覧』(埼玉県神職会児玉郡支会編 [埼玉県立浦和図書館(製作)] [1985])
『郷土のお寺の見どころ-関東の重要文化財(寺院建築)の個別解説-』(丸山昇 1989)
『歓喜院聖天堂の建築彫刻』(埼玉県立博物館 2005)
p60-62「棟梁家のアーカイブズ」該当の記述なし。

旧児玉町、旧妻沼町、熊谷市等の自治体史
『熊谷市史(妻沼地域編)調査報告書 民俗編 6 生産・生業』(熊谷市教育委員会 2010)
『妻沼町誌』(妻沼町誌編纂委員会編 妻沼町 1977)
『妻沼町誌 全』(妻沼町教育会編 妻沼町 1995)(昭和3年刊の復刻)
『児玉町史 近世資料編』(児玉町教育委員会、児玉町史編さん委員会編 児玉町 1990)

埼玉県の地理資料、郡村誌・風土記
『武蔵国児玉郡誌』(木暮秀夫編著 名著出版 1973)(昭和2年刊の復刻)
『武蔵国郡村誌 8(児玉郡・賀美郡・那珂郡)』(埼玉県編 埼玉県立図書館 1954)
『武蔵国郡村誌 15』(埼玉県編 埼玉県立図書館 1955)
『新篇武蔵風土記稿 8』(林述斎編 歴史図書社 1969)

八幡神社
『埼玉叢書 6』(稲村坦元編 新訂増補 国書刊行会 1972)
p154-157「児玉八幡神社々領寄進状」あるが手がかりなし。

文化財関係
『本庄市児玉郡の文化財』(児玉地区文化財保護協会 1970)
八幡神社の記述なし。

児玉の伝説
『児玉の民話と伝説 上・中・下』(田島三郎著 児玉町民話研究会 1984・1986・1992)

棟札、金石文関係資料
『埼玉叢書 3 新訂増補』(稲村坦元著 国書刊行会 1970)
p127-128「児玉郡本荘駅開善寺客殿棟札」
『棟札銘文集成 社寺の国宝・重文建造物等 関東編』(国立歴史民俗博物館 1997)
〈東岩(石)清水八幡神社〉なし。
『新編埼玉県史 資料編9(中世5)金石文・奥書』(埼玉県編 埼玉県 1989)
別冊付録の「所在地別目録」児玉町の中に八幡神社はなし。

棟梁に関する埼玉関係の雑誌記事
(《埼玉関係雑誌記事DB》 論題・件名〈棟梁〉検索結果より)
「熊谷の棟梁と箱田神社」(『熊谷市郷土文化会誌 39』)
「大工(棟梁)内島義雄」(『熊谷市郷土文化会誌 46』)
「寺社建築(棟梁)白根脩一郞」(『熊谷市郷土文化会誌 46』)
「幸安寺山門造営と名工白根脩一郞棟梁」(『熊谷市郷土文化会誌 46』)
「寺社建築(棟梁)真澤吉市」(『熊谷市郷土文化会誌 47』)
「寺社建築(棟梁)金子好男」(『熊谷市郷土文化会誌 47』)

《埼玉県立文書館収蔵資料検索システム》を〈八幡神社 & 児玉〉で検索する。
行政文書 文書番号:16911 簿冊名:児玉郡神社明細帳 (全) 
件名:児玉郡児玉町大字児玉字本町 県社八幡神社明細帳
文書館に八幡神社の神社明細帳があるが、未調査。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
芸術政策.文化財  (709 9版)
貴重書.郷土資料.その他の特別コレクション  (090 9版)
個人伝記  (289 9版)
参考資料
(Reference materials)
『埼玉県指定文化財調査報告書 18』(埼玉県教育委員会編 埼玉県教育委員会 1992)
『埼玉の神社 北足立・児玉・南埼玉』(埼玉県神社庁 1998)
『児玉町史 民俗編』(児玉町教育委員会編 児玉町 1995)
『本庄市の文化財』(本庄市教育委員会編 本庄市教育委員会 2009)
『児玉町の文化財』(児玉町文化財保護審議委員会編 児玉町教育委員会 1988)
キーワード
(Keywords)
東岩(石)清水八幡神社
神社-埼玉県
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
個人
登録番号
(Registration number)
1000100473解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
未解決
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