レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2006/03/01
- 登録日時
- 2007/11/19 02:11
- 更新日時
- 2007/11/19 02:11
- 管理番号
- 10-3A-200603-16
- 質問
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解決
平成14年度に閉鎖されたという東住吉区の田辺公設市場は、いつ、どういう趣旨で開設されたのか、を知りたい。
- 回答
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『明治大正大阪市史 4巻 経済篇下』(大阪市編 日本評論社) p907 によると、 大阪市の公設市場の開設については、「市民の生活費を軽減すると共に、需給の調節の円滑を図り併せて小売制度を改善する目的の下に(大正)七年四月即ち米騒動勃発数ヶ月前に全国各都市に率先して境川・谷町・福島及び天王寺の四市設小売市場を開いた」とあります。※引用にあたっては、旧字を新字に変え、年号(大正)を入れました。
また、『東住吉区史』(川端直正編 東住吉区創設十五周年四ヶ村編入三周年記念事業委員会)p237 によると、当時の状況として、「第一次世界大戦ののち、諸物価は著しく昴騰し、市民の日常生活が極度に圧迫されたため、一般小額所得者階級の生活費がその四割二分を占め、これら食料品を主とする日用廉価供給施設が殊に重要とみられた」ことも、公設市場開設の背景にあげられます。
その歴史の流れの中で公設市場が増加され、そのひとつとして田辺公設市場は大正15年12月20日に開設されたようです。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 商業経営.商店 (673 9版)
- 参考資料
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『明治大正大阪市史 4巻 経済篇下』(大阪市編 日本評論社 1934年 当館書誌ID:0070004822)
『東住吉区史』(川端直正編 東住吉区創設十五周年四ヶ村編入三周年記念事業委員会 1961年 当館書誌ID:0000301758)
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『明治大正大阪市史 4巻 経済篇下』(大阪市編 日本評論社 1934年 当館書誌ID:0070004822)
- キーワード
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- 田辺公設市場
- 東住吉区
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000039555