レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022/06/29
- 登録日時
- 2022/09/02 00:30
- 更新日時
- 2022/09/13 11:01
- 管理番号
- 秋田-2811
- 質問
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解決
1.『あきた』通巻17号 P16(1963年10月1日発行)に「14人の里子養育 阿仁町根子の佐藤さん夫妻」の記事がある。この中で、「31年に総理大臣表彰を受けている」と記載されているが、これを裏付ける新聞記事、県公報、町広報などあるか。
2.佐藤忠俊が村長を勤めた「大阿仁村」は昭和30年4月1日に「阿仁合」と合併し「阿仁町」になっているが『広報あに』の創刊は昭和35年(1960年)6月10日である。昭和30年4月~35年5月の「旧大阿仁村地区」に関する資料や「村報」などはあるか。
- 回答
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1についての資料は確認できず。2について以下の資料を案内(村報は確認できず)。
『阿仁町史』(阿仁町史編纂委員会/編、阿仁町、1992、214.2/アア/郷)資料番号:124029703
- 回答プロセス
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1.秋田県立図書館デジタルアーカイブで「阿仁町 佐藤夫妻」をキーワードに検索、1956年10月4日朝刊3面「里親にそそぐ24のひとみ」の記事がヒットする。マイクロフィルムでこの記事を確認するも、総理大臣表彰の記載は確認できず。
2.「官報情報検索データベース」検索(昭和31年分のみ、キーワード「総理大臣 表彰」「佐藤忠俊」)
→官報8973号付録、官報資料版No.83、P13(昭和31年11月21日発行)に「昭和31年11月21日に総理大臣官邸において地方自治功労者と町村合併功労者の表彰を行う」が1件ヒットするが、受賞者一覧の記載はなし。
3.『秋田県公報』や秋田魁新報のマイクロフィルムでこの日付や前後を調査するも記載を確認できず。
4.国立国会図書館リサーチナビで勲章と褒章の受章者名等の調べ方を検索、表彰制度について以下のホームページを確認。
国立国会図書館リサーチナビ
URL: https://rnavi.ndl.go.jp/research_guide/entry/post-707.php
(確認日付 2022.6.29)
※「日本では、明治8(1875)年に勲章制度、明治14(1881)年に褒章制度が創設された。戦後、昭和21(1946)年の閣議決定で生存者に対する叙勲(勲章の授与)は停止されたが、昭和38(1963)年の閣議決定により、生存者に対する叙勲が再開された」
記載のなかった資料は以下の通り。
×『紅・緑・藍綬褒章名鑑 賞勲局百年資料集』(総理府賞勲局/編、大蔵省印刷局、1980、R317.5/ソコ/)資料番号:110012242
→明治15年から昭和29年までの名簿
×『日本叙勲者名鑑 上巻』(日本叙勲者協会/編、日本叙勲者協会、1978、281/183/1)資料番号:110535622
×『日本叙勲者名鑑 下巻』(日本叙勲者協会/編、日本叙勲者協会、1978、281/183/2)資料番号:110535614
→昭和39年から昭和53年までの名簿
5.郷土資料分類214(郡市・市町村史)に関する書架をブラウジング。下記資料が該当。
『阿仁町史』(阿仁町史編纂委員会/編、阿仁町、1992、214.2/アア/郷)資料番号:124029703
→P226~阿仁町の誕生、P231~町政の発展
「大阿仁村」と「阿仁合」合併後の阿仁町についての記述あり。
- 事前調査事項
- NDC
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- 歴史 (2)
- 参考資料
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- 阿仁町史阿仁町史編纂委員会/編阿仁町
- キーワード
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- 阿仁町(アニマチ)
- 大阿仁村(オオアニムラ)
- 総理大臣 表彰(ソウリダイジン ヒョウショウ)
- 佐藤忠俊(サトウタダトシ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000320805