レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2008/04/02
- 登録日時
- 2008/11/13 02:11
- 更新日時
- 2008/11/21 18:33
- 管理番号
- 埼熊-2008-012
- 質問
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未解決
大正8年に指定地となった、埼玉県内の遊郭(熊谷市を含む)の場所と店名(屋号)を知りたい。
- 回答
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大正8年の指定地の場所と店名(屋号)はわからなかった。《レファ協DB》の「埼浦-2003-018」が同様の未解決事例。以下の資料を参考までに紹介する。
『埼玉県警察史 1』(埼玉県警察本部 1974)p916「花柳界指定地の設定」の項に、大正8年の指定に関して、「埼玉県会議事録」を引用した「県の指定した三二個所の指定地はほとんど町の中であったが、村であっても達磨が非常に多い所、あるいは交通の非常に頻繁の所は指定地にした。吹上村などはその一例であった。(中略)当時公娼の認められていた地区はわずか深谷、本庄の二個所だけであった…」という記述があり。
『廓清 復刻版』(竜渓書社 1980)p35(1931年2月10日発行分) 5「埼玉県風紀統計」に、33の指定地名の記述あり。
『近代庶民生活誌 14』(三一書房 1993)p22-23に「全国遊廓案内」(日本遊覧社 1930)の埼玉県の部があり、川口、浦和の店名の記述あり。
- 回答プロセス
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埼玉県立文書館に、「埼玉県会議事録」などの調査を依頼したが、これ以上の記述は見つからず。
該当文書は、「飯野家文書157号大正7年12月埼玉県議事録」(埼玉県立文書館)。
その他の調査資料は以下の通り。
『新編埼玉県史 通史編6』『新編埼玉県史 資料編23』『埼玉県議会百年史』『埼玉県行政史 2』『埼玉県営業便覧』『埼玉県議会史 3・4巻』「全国花街めぐり」(県内公共図蔵)『埼玉県行政文書件名目録 社会編1』『埼玉県行政文書総目録 2』『埼玉県に於ける廃娼運動の歴史』『埼玉県近代史研究 創刊号』『日本婦人問題資料集成 1』『日本遊里史』『近代庶民生活誌 13』『売春婦論考』『日本廃娼運動史』『うたを訪ねて 埼玉人と心の哀歌』『さいたま女性の歩み 上・下』『売春に関する資料 一般資料第22号』『赤線跡を歩く 1・2』『日本花街史』
- 事前調査事項
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「赤線跡を歩く 2」(自由国民社)
- NDC
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- 社会.家庭生活の習俗 (384 9版)
- 関東地方 (213 9版)
- 参考資料
- キーワード
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- 遊廓
- 埼玉県-大正時代-歴史
- 照会先
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- 埼玉県立文書館
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000048922