レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2018年10月18日
- 登録日時
- 2019/05/28 16:08
- 更新日時
- 2019/06/19 14:58
- 管理番号
- 堺-2019-043
- 質問
-
解決
『むかしの堺』続編の「もののはじまりなんでも堺」というページに「別珍(ビロード)」が書かれている。「織物の一種、南蛮貿易により、堺へはじめて輸入されたものです。」とあるが、根拠となる資料はあるか。
- 回答
-
『堺あれこれ』の中で「今から五百年ほど前ごろから、中国大陸や朝鮮韓国から生糸を始めとして絹布や綿布、さては欧州の毛織物などが堺へ入ってきた。」「ビロード・カネキン・サラサなども織られたが、応仁の乱で堺に避難していた京都の織師達は堺でこれらの織法を習った。」という記述があることから、『堺市史』で確認したが、別珍(ビロード)が堺ではじめて輸入されたものという記述は見当たらなかった。
なお工業製品としての別珍(ビロード)については『堺市史』第3巻P.1141に「本市の工産物の一つとして現れたのは大正5年からのことである。従来外国の輸入を仰ぎ、未だ大規模の製織会社を見なかったのであるが、同年5月日本ヴェルベット株式会社が熊野町東4丁に、次いで6年9月恵美須織物株式会社が向井町中筋に設けられ、盛んに別珍及び繻子を製織し、・・・」とあった。
また続編第2巻p.30にも「大正5年(1916)5月、熊野町東4丁に日本ヴェルベット株式会社が設立され、機械60台で製織したのがはじまりである。」という記述があったが、堺がはじまりということは書かれていなかった。
(中央図書館)
- 回答プロセス
-
「もののはじまりなんでも堺」として、『堺歴史散歩』によると「貿易都市として、商業都市として栄えた堺は、日本第一の文化都市、先進都市を誇り、なんでも堺がトップだというのが自慢であった。」とあり、『堺歴史散歩』では堺がはじまりという事物が紹介されている。なおここには別珍のことは書かれていない。
- 事前調査事項
- NDC
-
- 製造工業 (580 8版)
- 参考資料
-
-
別所やそじ, 尼見清市 共著 , 別所, やそじ, 1920- , 尼見, 清市. むかしの堺 続編. はとぶえ会, 1979.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001421123-00 -
徳永真一郎 著 , 徳永, 真一郎, 1914-2001. 堺歴史散歩 : 南蛮貿易と町人文化. 創元社, 1971.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001211874-00 -
堺市史 第3巻. 清文堂出版, 1966.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I015414475-00 -
堺市. 堺市史 続編 第2巻. 堺市, 1971.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001217408-00 -
堺商工会議所/編 , 堺商工会議所. 堺商工会議所報 1966年. 堺商工会議所, 1966-00.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I084087748-00
-
別所やそじ, 尼見清市 共著 , 別所, やそじ, 1920- , 尼見, 清市. むかしの堺 続編. はとぶえ会, 1979.
- キーワード
-
- 別珍
- ビロード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000256468