レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2016/05/06
- 登録日時
- 2016/06/24 00:30
- 更新日時
- 2016/06/24 00:30
- 管理番号
- 6001015575
- 質問
-
未解決
正徳5年(1715)4月に行われた東照宮百年忌を記した資料および関連して行われた大赦(恩赦)についてその時期と内容を知りたい。
- 回答
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関連する記述のあった資料を以下に紹介します。
『天皇皇族実録 113 中御門天皇実録』(藤井讓治/監修・解説 ゆまに書房 2006.4)
p.264-266 正徳5年4月18日 日光山東照宮拝殿に於いて御経供養アリ、
「資尭朝臣記」正徳5年4月17日、今日東照宮祭禮也、辰刻向本坊北桟敷見物、(略)」の記述があります。
『鹿児島県史料 旧記雑録追録3』(鹿児島県維新史料編さん所/編集 1973.2)
p.140-141 (342) 「東照宮100年忌」の記述があります。
『論集幕藩体制史 第1期[8] 支配体制と外交・貿易』(雄山閣出版 1995.4)
p.251-252 「東照宮祭祀の地方的展開」の項目に「また、正徳四年の東照宮百年忌には一二〇名の僧侶を南泉院に集め、四月七日から一七日(家康の命日)まで一〇日間の大法衣を開催し、島津一族・家臣団がこぞって参列した。」の記述があります。
この記述の原資料が上記の鹿児島県史料となります。
『国史大系 第44巻 徳川実紀』(黒板勝美/編輯 吉川弘文館 1991)
p.422-423 「東照宮100年忌」に関連する記述があります。
『国書総目録 第6巻 と-ひ』
p.16 「東照宮百回忌引」資料の記述がありますが当館には所蔵しておりません。
また、大赦(恩赦)について時期と内容が書かれた資料は見当たりませんでした。
「淀屋辰五郎」が大赦を受けたと記述のある資料を参考までにご紹介します。
『物語日本の歴史 24 その時代を見た人が語る 江戸をゆるがす人びと』(笠原一男/編 木耳社 993.1)
p.44-51 に「豪商淀屋の末路」の項目があり、p.51 「かような赦免は、幕府の大法会で大赦を行うときでなければ許さないことなので、辰五郎もひたすらその時期を待って十年を過ごすうちに、正徳五(1715)年4月7日は、家康の百年忌に当り、天下を挙げて大法会を執行し、全国にわたって大赦を行ったとき、老中井上河内守から奉書があり、辰五郎を呼び出し(後略)」の記述があります。
インターネットで検索すると
https://kotobank.jp/word/%E6%B7%80%E5%B1%8B%E8%BE%B0%E4%BA%94%E9%83%8E-146356
「朝日日本歴史人物事典の解説」淀屋辰五郎として
「その間,正徳5(1715)年には徳川家康百年忌恩赦を受けたと伝える。」
<参考文献>横山三郎「淀屋史料の現段階」(『船場』3~5号)の記述があります。
[事例作成日:2016年5月6日]
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 日本史 (210 8版)
- 参考資料
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- 天皇皇族実録 113 藤井/讓治∥監修・解説 ゆまに書房 2006.4 (264-266)
- 鹿児島県史料 旧記雑録追録3 鹿児島県維新史料編さん所∥編集 鹿児島県 1973.2 (140-141 (342))
- 論集幕藩体制史 第1期[8] 雄山閣出版 1995.4 (251-252)
- 国史大系 [第44巻] 新訂増補 黒板/勝美∥編輯 吉川弘文館 1991 (422-423)
- 国書総目録 第6巻 補訂版 岩波書店 1990.7 (16)
- 船場 船場の会事務局 1-5 (横山三郎「淀屋史料の現段階」)
- 近世大坂の町と人 脇田/修∥著 人文書院 1986.10 (184-189)
- 船場 船場の会事務局 1-5 (横山三郎「淀屋史料の現段階」)
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- その他
- 内容種別
- 質問者区分
- 個人
- 登録番号
- 1000193791