レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2020年6月24日
- 登録日時
- 2020/08/15 10:34
- 更新日時
- 2020/11/03 09:12
- 管理番号
- 県立長野-20-040
- 質問
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未解決
上田藩松平家と幕末の金主川村迂叟(伝左衛門)について関係がわかる資料はあるか。
- 回答
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当館資料を調査したが、上田藩にかかわる主たる資料群には、資料中に川村迂叟(伝左衛門)についての記述を確認することはできなかった。
江戸期後期の上田藩の財政事情については、以下の資料に記述がある。
・『上田市誌 別巻1総説 上田の歴史』 上田市誌編さん委員会編 上田市 2004 【N221/175/29】
p.103-114 農閑期を含む藩内の諸商いについての記述がある。
p.138-143 江戸後期の農政改革についての記述がある。
・『上田市誌 15巻近現代編2蚕都上田の栄光』 上田市誌編さん委員会編 上田市 2003 【N221/175/15】
p.29-31 「上田藩の国産品統制」中、産物会所の開設に触れた個所があり、松平忠優が安政3年に命じている。これと川村迂叟との関係は触れられていないが、時代的には近いと思われる。
・『長野県史 通史編 第6巻近世3』長野県編 長野県史刊行会 1989 【N209/11-4/6】
p.716-742 上田藩産物会所と横浜交易についての記述がある。
・『上田小県誌 第2巻 歴史編下』上田小県誌刊行会編 小県上田教育会 1960 【N221/12/2】
p.302-316 天保4年の御積帳や、財政難対策についての記述がある。
・『信濃国上田松平家文書目録』
上田市立博物館編・刊 1991(上田市立博物館収蔵資料目録1)【N221/62】
p.26-29
※ 上田藩の史料は明治維新で藩が解体された時に散逸しているものが多く、幕末のものが揃っているとは言い難い状態と思われる。その中でも、藩財政のものでは
<歳入に関するもの>
卯歳御物成納辻免平均目録 文化4.11 1通 507
午歳御物成納辻免平均目録 弘化3.11 1通 355
卯歳御取付帳 塩田組 天保2 1冊 382 (1)
卯歳御取付帳 小泉・浦野組 天保2 1冊 382 (2)
卯歳御取付帳 塩尻・国分寺組 天保2 1冊 382 (3)
卯歳御取付帳 田中・洗馬組 天保2 1冊 382 (4)
卯歳御取付帳 武石村 天保2 1冊 382 (5)
卯歳御取付帳 川中島 天保2 1冊 382 (6)
寅歳御取付帳 全領合冊 慶応2 1冊 103
正祖五ヶ年平均帳 塩田組 慶応三卯年より明治四未年末 1冊 467(1)
ほか8冊
辛未皆済目録 塩田組 明治4 1冊 107(1)
ほか9冊
組々皆済目録惣括 明治4 1冊 107(10)
<歳出に関するもの>
[江戸上田御物成請払積帳] 文政7.2 1冊 395
御無借金年分御積帳 控 文政11.12 指出ス 497
江戸上田当暮より来年中御積帳 控 天保4.10 1冊 497
江戸上田当暮より来年中御積帳 天保7.正 1冊 442
御積帳之内当暮御入用積帳 申八月(「天保七カ」とあり)
1冊 499
年中御暮方積大概幷取調方 天保15 1冊 500
[家中扶持米御積] 天保‐嘉永 2通 481
米金取調帳[上田県米金差引見積帳] 明治4.8 1通 536
<決算に関するもの>
天保五午年中御入用取調帳 (酉二月控) 1冊 498
御好ニ付亥年中御自用御役用御雑用臨時御入用調分帳
「江戸表御入用調分ケ」 天保1.1正 1冊 419
が、近いかと思われる。
また、上田市立博物館に照会したところ、上田藩の政務日記のようなものとして、「日乗」が残っているとのこと。幸いにして、江戸後期のものが多く残っているようである。ただし、江戸屋敷の文書はほとんど残っておらず、火災による移転や幕末維新の変化の中で、焼失、散逸してしまったとのこと。
これら史料は、活字翻刻されたものはないため、原史料の閲覧となる。紹介状がなくても利用は可能だが、あらかじめ申し込みが必要。上田市立博物館の利用案内と手続きのPDFファイルを利用するよう案内した。
・『長野県史 近世史料編 第1巻(1)東信編』 長野県編 長野県史刊行会 1980 【N209/11-1/1】
p.130-169 流通経済の分けのなかに、江戸後期藩財政についての文書が散見される。
・『長野県史 近世史料編 第1巻(2)東信編』 長野県編 長野県史刊行会 1980 【N209/11-1/1】
p.187-222 諸産業の分けのなかに、江戸後期養蚕、産物会所についての文書が散見される。
p.393-491 流通経済の分けのなかに、江戸後期養蚕、産物会所についての文書が散見される。
これらは原文を翻刻したもののため、内容は精査していない。
・『上田市史』信濃毎日新聞社 1974 (上田市編 信濃毎日新聞社 1930年刊の復刻)【N221/26/1】
p.725-732 上田藩の財政対策についての記述がある。
・『上田市誌10 歴史編 城下町上田』上田市誌編さん委員会編 上田市 2002 【N221/175/10】
p.134-139 「江戸藩邸の役割と藩士の生活」に、記述があるが藩財政そのものに直接触れたものではない。
・『上田市誌』各巻の目次は「長野県市町村誌目次情報データベース」で確認できる。また、江戸時代後期の参考資料となった文書類は、『上田史誌 歴史編史料(3)』にまとめられており、この目次は、PDFファイルとなっている。
・『上田藩』青木歳幸編 現代書館 2011 【N221/228】
p.176-185 にかけて、上田藩の財政改革についての記述がある。
・『蚕都信州上田の近代』 阿部勇ほか編 岩田書院 2011【N221/232】
p.37-68 西川武臣著「横浜開港と生糸売込商中居屋重兵衛」
p.69-98 小林延人著「明治初年における上田藩の贋金問題と紙幣流通」
などの論文集となっている。
- 回答プロセス
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1 川村迂叟(うそう)をについて概略を調べる。『国史大辞典』等で幕末から明治にかけて活動した茨城県宇都宮の商人(1822-1885)とわかる。製糸業ともかかわりがあったが、宇都宮の工場について言及されているのみだった。上田藩松平家については触れられていなかった。「金主」についても確認する。江戸時代の歌舞伎等の興行にに対して、資金を出資する人のこととわかる。おそらくは松平家との間に融資等のかかわりがあったということと思われる。
2 『上田市誌』『長野県史 通史編』『上田小県誌 第2巻 歴史編下』など確認していく。当時の藩財政の状況がわかる記述がいくつか見られるが、川村迂叟については、見当たらない。上田藩も、横浜に産物会所を出しているが、川村の名前は確認出来ない。
3 上田藩の文書類を『長野県史近世史料編』『長野県史近代史料編』を見ていく。収録文書がそれほど多くないことに気づき、上田市立博物館の『信濃国上田松平家文書目録』で確認する。これらの文書の閲覧や、写真撮影の可否と合わせ、江戸屋敷の文書の所在を照会する。また、日々の出来事をつづった日誌にあたる「日乗」について教示をいただく。
<その他調査資料>
・『長野県史 近代資料編 第1巻 維新』 長野県編 長野県史刊行会 1980 【N209/11-1/1】
・『藩史大事典 第3巻中部編1』木村礎ほか編 雄山閣 1989 【210.5/キモ/3】
- 事前調査事項
- NDC
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- 中部地方 (215 10版)
- 蚕糸業史.事情 (632 10版)
- 参考資料
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上田市誌編さん委員会 編 , 上田市. 総説上田の歴史. 上田市, 2004. (上田市誌 ; 別巻 1)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007368229-00 (【N221/175/29】) -
上田市誌編さん委員会 編 , 上田市. 蚕都上田の栄光. 上田市, 2003. (上田市誌 ; 近現代編 2)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004095549-00 (【N221/175/15】) -
長野県 編 , 長野県. 長野県史 通史編 第6巻 (近世 3). 長野県史刊行会, 1989.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001996377-00 (【N209/11-4/6】) -
上田小県誌刊行会 編. 上田小県誌 第2巻 (歴史篇 下). 小県上田教育会, 1960.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000039-I001299526-00 (【N221/12/2】) -
上田市立博物館編集 , 上田市立博物館. 信濃国上田松平家文書目録. 上田市立博物館, 1976. (上田市立博物館収蔵史料目録, 第1号)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I011021748-00 (【N221/62】)
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上田市誌編さん委員会 編 , 上田市. 総説上田の歴史. 上田市, 2004. (上田市誌 ; 別巻 1)
- キーワード
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- 金主
- 川村迂叟
- 川村伝左衛門
- 上田藩
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土 人物
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000285860