A.本朝食鑑4(3838/H3/1-4)1695年刊
246頁「唐墨 鰆の子である。」
67頁 鯔の項にも記載あり「鰆の唐墨と同じであるが、色は黄赤色で、味は甘味があって、鰆の唐墨より勝れている。」とあり。
B.日本料理大事典上(5962/G11/1-1)
244頁「ぼらの卵巣を塩漬けに・・・16世紀後半、豊臣秀吉が・・感激したという言い伝えがある。・・・日本でも平安時代にはすでに作られていた。」
結局、「江戸時代に伝来した」「当時は鰆が主流」と書いた本は見当たらず。
長崎県HPには「承応年間(1652~)伝来」「当初はボラではなくサワラ」
と掲載されているのだが・・・
C.資料日本動物史(4802/K1)
308頁 「サワラ」の項に以下のような記述あり。
「サワラは・・高級魚の一つであるが、古代から中世にかけての史料にはその名は見られない。しかし、その子を乾燥して作った「からすみ」は『御湯殿の上の日記』文明九年(一四七七)の条に「室町殿よりお茶碗の皿。からすみなど色々まいる」と見えている。ただし、「からすみ」は『和名類聚抄』に「赤目魚の子を採り塩を配してそれを乾かす。加良須美と名づく」とあり、『本朝食鑑』にも・・・とあるので、献上された「からすみ」は鯔の子かもしれない。」とある。