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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
名古屋市鶴舞中央図書館 (2210001)管理番号
(Control number)
名古屋市守‐2018-007
事例作成日
(Creation date)
2018年10月25日登録日時
(Registration date)
2019年02月28日 21時55分更新日時
(Last update)
2019年03月27日 17時45分
質問
(Question)
地名「守山」と城名「守山城」はどちらが先ですか?また、現在の「守山城址」の標高はおよそ何メートルですか。
回答
(Answer)
「守山」と「守山城」どちらの名称が先かについて確実に判る文献はありません。
「守山城址」の標高は、約25mと推定されます。
回答プロセス
(Answering process)
「守山城址」は名古屋市守山図書館の近くにある中世の城址で、岡崎城主松平清康(家康の祖父)が家臣に殺された「守山崩れ」の舞台として知られています。
守山城の文献初出は、室町時代の連歌師宗長の「宗長手記」大永6年(1526年)3月27日に、「守山 尾張国守山松平与一館千句」の文中にある「館(たち)」とされています。また、尊海僧正の「あづまの道の記」天文2年(1533年)11月に「守山といへるとことにとどまりて」とあります。「守山」の地にあったために「守山城」と呼ばれたと考えるのが自然ですが、確実な文献はありません。
現在の「守山城址」の標高については、「名古屋市都市計画情報サービス」により提供されている最新の「都市計画基本図」(H27-28)を見ると、24m等高線と26m等高線の間であることが確認できます。また、崖下北東角23.8m、南側の宝勝寺裏藪が26.6mで、その間となり、約25mと推定できます。
もりやま郷土史研究会「もりやま」37号、「守山城の西の防衛線(堀切)と明和の洪水」には地形断面図があり、これを見ても24~5m程度と推定されます。
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
日本の建築  (521 9版)
日本  (291 9版)
参考資料
(Reference materials)
宗長 〔著〕 ; 島津忠夫 校注 , 宗長 , 島津忠夫. 宗長日記. 岩波書店, 1994. (岩波文庫 30-123-1)
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I074003160-00 , ISBN 4003012313 (宗長手記 p82)
塙保己一 編 , 塙保己一. 群書類従 第18輯 : 日記部 紀行部 訂正3版. 続群書類従完成会, 1987.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I073810291-00
「名古屋市都市計画情報サービス」 http://www.tokei-gis.city.nagoya.jp/  最終アクセス日:2019年3月5日
守山郷土史研究会/編集 , 守山郷土史研究会. もりやま 第37号. 守山郷土史研究会, 2018.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I088431655-00
キーワード
(Keywords)
城ー名古屋市守山区
守山城
守山城址
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
団体
登録番号
(Registration number)
1000252320解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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