レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20210619
- 登録日時
- 2021/07/31 14:59
- 更新日時
- 2021/11/02 10:15
- 管理番号
- 島根参2021-025
- 質問
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解決
「笹巻」(ちまき)の起源や歴史が知りたい。作り方は載っていなくても良い。
- 回答
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当館所蔵資料より、以下の資料を紹介。
【資料1】『日本の食生活全集 32 聞き書 島根の食事』(農山漁村文化協会 1991)
p72に節句祝のお礼に笹巻を作ると書かれています。
〝・・・(前略)・・・家内中でちまきをつくって食べる。嫁の里の両親へは、節句礼としてちまきを1連(20本)にしょうぶとよもぎの葉を添えて贈る習慣がある。・・・(後略)・・・”
【資料2】『松江食べ物語 出雲の食文化 春夏』(山陰中央新報社 1994)
p134に笹巻の語源について書いてあります。
〝・・・(前略)・・・チマキは奈良時代の初め、ウルチ米をカヤの葉で包み、角形に菅で巻き縛って束ね、灰汁で煮たのが、中国伝来の祖形である。出雲は月遅れでも、まだぎりぎりで茅(ち)が間に合わないので、チマキ笹(隈笹)の若葉とイ草を用い、チマキと呼ぶことが多い。・・・(後略)・・・”
【資料3】『大社の史話 第115号』(大社史話会 1974)
p17「笹巻(粽(ちまき))に想う」には、
〝・・・(前略)・・・端午の節供の供物にされているがこの風習は遠く中国から伝えられたもので起源は三~六世紀の南北朝時代にさかのぼる。はじめは水神へ供物をささげるものであったが、のち汨羅(べきら)に投身した楚の屈原(くつげん)の伝説と結びつき、彼の命日とされる五月五日に竹筒におさめた米を栴檀(せんだん)の葉で包み色糸で結んで川に投ずるものとなった。中国では現在でも端午の節供や、夏至に食べられている。
日本では端午の節供に食べるところが多く産婆、名付親、親類などに贈る地方もあり、正月や盆に食べるところもある。
古くはもち米をあくにひたして蒸したものであったが、その風習はいまも鹿児島の「あくまき」に残っている。
現在とほぼ同形のちまきは、天正年間、(一五七三~一五九二年)に京都の川端道喜の製したものが、はじまりという。・・・(後略)・・・”
とあります。
【資料4】「米のおやつともち」(農山漁村文化協会 2019)
p106「笹巻き」の由来が紹介されています。
〝・・・(前略)・・・節句が近づくと、多くの人が笹巻きに使うクマザサを山にとりにいきます。この時期の笹は毒消し作用が強く、切り傷やすり傷に包帯代わりに用いるとみるみる回復するといわれます。そこで、かわいい孫を白いもちにたとえ、病気やけがをすることなく一年間毎日元気に暮らせるようにとの願いをこめて、笹を巻いたとされています。・・・(後略)・・・”
- 回答プロセス
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- 事前調査事項
- NDC
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- 衣食住の習俗 (383 10版)
- 食品.料理 (596 10版)
- 参考資料
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【資料1】日本の食生活全集 32. 農山漁村文化協会, 1991.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002123490-00 , ISBN 4540910027 (p72 当館請求記号:郷貸出383.8/ニ/32) -
【資料2】荒木英之 著 , 荒木, 英之. 松江食べ物語 : 出雲の食文化 春・夏. 山陰中央新報社, 1994.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000010703877-00 (p134 当館請求記号:郷貸出596.2/ア/1) - 【資料3】大社の史話. 大社史話会. 「笹巻(粽)に想う」 第115号 (p17 当館請求記号:郷土カウンターSZ24/タ/115 ※貸出禁止資料)
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【資料4】日本調理科学会 企画・編集. 米のおやつともち. 農山漁村文化協会, 2019. (別冊うかたま, 伝え継ぐ日本の家庭料理), ISSN 18815057
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I029665743-00 (p106 当館請求記号:596.6/コ19)
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【資料1】日本の食生活全集 32. 農山漁村文化協会, 1991.
- キーワード
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- ささまき-ちまき
- 郷土料理
- 料理
- おもち
- おやつ
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 質問者区分
- 小中学生
- 登録番号
- 1000302510