レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2023/04/13
- 登録日時
- 2023/06/02 00:30
- 更新日時
- 2023/06/06 11:46
- 管理番号
- 秋田-2919
- 質問
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解決
戦時中の秋田県における「茶殻馬糧化報国運動」について記載のある資料はあるか。回収にあたっての功労者一覧が分かればそれも見たい。
- 回答
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功労者一覧については記載を確認できず。以下の資料を案内。
①『秋田市史 昭和編』(秋田市史編集委員会/編集、秋田市、1967、 214.5/アア/郷 )資料番号:124017641
②『秋田市史 第5巻 近現代』(秋田市/編集、秋田市、2005.3、214.5/アア/5郷)資料番号:124350687
③『らんまん七十年の歩み』(イフ・アドバタイジング/編、秋田銘醸、1991.9、588/アラ/郷)資料番号:128028800
④北羽新報1941年12月2日夕刊3面「お馬の食物にお茶ガラ御用」
- 回答プロセス
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1.『秋田市史 昭和編』を確認。
①『秋田市 昭和編』(秋田市史編集委員会/編集、秋田市、1967、 214.5/アア/郷 )資料番号:124017641
→p.137 「肥料としての木炭や、馬糧としての茶がらの集荷供出も始まった」と記載あり。
2.『秋田市史 第5巻 近現代』を確認。
②『秋田市史 第5巻 近現代』(秋田市/編集、秋田市、2005.3、214.5/アア/5郷)資料番号:124350687
→p.229 「昭和十六年二月には国防婦人会が鉄瓶一戸一個献納運動を展開して、家の中にある生活資材まで供出された。」と記載あり
3.Googleブックスにて「馬糧 秋田」をキーワード検索。下記資料が該当。
③『らんまん七十年の歩み』(イフ・アドバタイジング/編、秋田銘醸、1991.9、588/アラ/郷)資料番号:128028800
→p.104 「昭和十九年には陸軍糧秣本廠の委託で発酵繊維食糧、おがくず馬糧化の製造研究の作業を開始していた。」と記載あり
4.北羽新報を確認。
新聞記事については功労者の名前一覧の記事は確認できず。
④北羽新報1941年12月2日夕刊3面「お馬の食物にお茶ガラ御用」
→能代婦人會が馬糧資源にお茶ガラを収集しているとの記載あり
記載のなかった資料は以下の通り。
×『秋田県史〔通史編〕第6巻 大正,昭和編』(秋田県/編、加賀谷書店、1977.11、210/アア/6郷)資料番号:129982377
×『秋田県史〔通史編〕第7巻 年表,索引編』(秋田県/編、加賀谷書店、1977.11、210/アア/7郷)資料番号:129982385
×『秋田県史 資料 大正・昭和編』(秋田県/編、秋田県、1980.1、210/アア/16郷)資料番号:129982443
×『秋田県近代総合年表』(無明舎出版/編、無明舎出版、1988、210/ムア/郷)資料番号:129982500
×『秋田市史 第12巻 近代 史料編下』(秋田市/編、秋田市、2001.3、214.5/アア/12郷)資料番号:124270679
×『秋田市史 第17巻 年表』(秋田市/編、秋田市、2006.3、214.5/アア/17-1郷)資料番号:124368119
×『秋田市史 第17巻 索引』(秋田市/編、秋田市、2006.3、214.5/アア/17-2郷)資料番号:124368150
×『秋田県社会運動史資料 大正・昭和編5』(小沢 三千雄/編、みしま書房、1982、309.0/オア/5)資料番号:124022351
×『戦時下の食糧指導の要諦』(田所哲太郎/著、大日本婦人会秋田県支部、1945、A611/112/)資料番号:111552352
×『大館市史 第5巻』(大館市史編さん委員会/編、大館市、1990、214.2/オオ/5郷)資料番号:128764511
- 事前調査事項
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秋田魁新聞の関連記事は確認済。
初期の1940年において婦人団体(特に愛国婦人会)が主体、全国化されたあとは名目上は馬事関連団体(馬政局。地方の場合は県や市町村(隣組・婦人団体)が実態は動いていた)が主体。活動そのものは終戦まで。回収運動そのものの時期は1940年8月〜1944年8月。
- NDC
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- 歴史 (2)
- 技術 (5)
- 参考資料
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- 秋田市史昭和編秋田市史編集委員会/編集秋田市
- 秋田市史第5巻秋田市/編集秋田市
- らんまん七十年の歩みイフ・アドバタイジング/編秋田銘醸
- キーワード
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- 茶殻(チャガラ)
- 馬糧(バリョウ)
- 回収運動(カイシュウウンドウ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000334081