レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20200623
- 登録日時
- 2021/02/17 00:30
- 更新日時
- 2021/02/17 00:30
- 管理番号
- 0400001990
- 質問
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未解決
戦国時代,上杉氏が信濃や越前,越中から貧しい人々を呼び寄せ新田開発を奨励したようだが,どのような優遇措置で各地の人々を招いたのか知りたい。
- 回答
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(1)(2)の資料に上杉謙信と直江兼続が新田開発を行った旨の記述があった。
上杉謙信が信州や上州(現在の群馬県)の戦争難民を受け入れて開拓に当らせたとの記述はあったが,優遇措置をとったかについてはわからなかった。
上杉景勝時代には,直江兼続が開墾者には当年の作食を無利子で貸し,田畠・屋敷に5年の鍬下年期を設けるといった優遇措置をとったことから,北陸や信濃から戦乱を避けて多くの人々が移動し,各地の開墾にあたったとの記述があった。
(1)上杉謙信の新田開発
1 『謙信と信玄』(井上 鋭夫著 吉川弘文館 2012)p156~157
上杉謙信の時代,信州人が入国土着して開拓したと伝承する村が蒲原地方にかなり見られる,との記述あり。
2 『上杉謙信とその風土』(室岡 博著 考古堂書店 1983)p152
越後平野には水田開拓の余地があったので,謙信は積極的に信州や上州(現在の群馬県)の戦争難民を受け入れて開拓に当らせた,との記述あり。
3 『味方村誌 通史編』(味方村 2000)p92~93
謙信が蒲原の開発に力を入れ財力の増強をはかったこと,謙信軍が分捕品のほか人民も連れてきて彼らに開墾させたことや,越中の神保一族が降伏した際,一族を蒲原方面へ移し扶持米を与え土地を開墾させた伝えについて記載あり。
(2)直江兼続の新田開発
1 『新潟県の歴史』(田中 圭一著,桑原 正史著,阿部 洋輔著,金子 達著,中村 義隆著,本間 恂一著 山川出版社 1998)p136
直江兼続が開墾のため優遇策や既存の田畑を保護するための政策をとったこと,領主側の治水・灌漑の整備や開墾のための優遇策をうけ,戦乱を避けて北陸や信濃から多くの人々が移動し,各地の開墾にあたったとの記述あり。
2 『新潟県史 通史編 2』(新潟県 1987)p706~708
直江兼続が藤井堰に関して田畑の開墾は5年間免税とする優遇策をとったことや,既存の田地を保護するための手だての掟を出したことについて記載あり。また,「16世紀末の開発の伝承を持つ村」の図が載っており,信州の人が開発した村が4つ(東太田,月潟,子成場,高井興野)あることが確認できる。
3 『謙信と信玄』(井上 鋭夫著 吉川弘文館 2012)p156~157
上杉景勝時代,越後刈羽郡鯖石川に藤井堰を築いて用水を引き,開墾者には当年の作食を無利子で貸し,田畠・屋敷に五年の鍬下年期を設けたと記載あり。
- 回答プロセス
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(1)まず,上杉謙信について書かれた資料にあたり,上杉謙信が開発や開墾を行ったか記載されているかを確認した。
(2)謙信の養子の上杉景勝や,景勝の家臣直江兼続が開墾した可能性もあると考え,上杉景勝や直江兼続についての資料を確認した。
- 事前調査事項
- NDC
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- 個人伝記 (289 9版)
- 参考資料
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- 謙信と信玄 , ISBN 978-4-642-06385-2
- 新潟県の歴史 , ISBN 4-634-32150-5
- 上杉謙信とその風土
- 味方村誌 通史編
- 新潟県史 通史編 2
- キーワード
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- 上杉
- 開拓
- 開墾
- 新田開発
- 上杉謙信
- 直江兼続
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 質問者区分
- 一般利用者
- 登録番号
- 1000293877