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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
福井県立図書館 (2110037)管理番号
(Control number)
0000002220
事例作成日
(Creation date)
2021年07月07日登録日時
(Registration date)
2022年01月21日 11時50分更新日時
(Last update)
2022年01月21日 12時15分
質問
(Question)
木ノ芽峠の茶屋番前川家について調べています。
(1)茶屋番は、「築550年以上で人が住む家としては日本で2番目に古いそう」と聞きましたが、根拠資料はありますか。また、福井工業大学が茶屋番を調査したことがあると聞きましたが、その調査資料はありますか。
(2)前川家の家系図はありますか。
(3)前川家には、豊臣秀吉から譲り受けた合戦中に湯を沸かす「陣中釜」があるそうですが、豊臣秀吉が譲った、あるいは豊臣秀吉が木ノ芽峠を通行したという史資料はありますか。また「陣中釜(じんちゅうがま)」でなく「戦陣釜(せんじんがま)」という呼び方もあるそうですが、正しい呼び名があれば教えてください。
回答
(Answer)
(1)「築550年以上で人が住む家としては日本で2番目に古いそう」を明記した資料は確認できませんでしたが、福井工業大学による建築調査報告書はありました。

吉田 純一,多米 淑人「木の芽峠の御茶屋前川家住宅」(福井工業大学研究紀要 (47), p320-330, 2017年)
この論文は、福井県地域共同リポジトリで公開されています。
http://hdl.handle.net/10461/28632
あるいはこちら  https://karin21.flib.u-fukui.ac.jp/repo/TF00010530

本報告書の「4.5 建築時期の推定」で、本建築が”永正元年まで遡ることは無理であろう””主屋部は江戸時代のはじめころまで遡ることも考えられる”とあります。「4.5 建築時期の推定」初めには”永正元年(1466)”と記載されていますが、正しくは永正元年は1504年、1466年は文正元年のため、どちらの意図で記載しているかは不明です。
一方、次の資料には、聞き取りとして”550年前の文正元年建築”と記載されています。
『福井県の茅葺建築物』(須川建美∥編 森の郷なかなた産物組合 2012年)p27に、「前川氏邸宅」としてカラー写真と簡単な説明文あり。”間口=8.5間 奥行=6間 の入母屋建築。550年前の文正元年建築と聞く。柱や梁は手斧仕上げで黒光り。”と記載あり。

上記のほか、次の資料にも記載がありました。参考までに挙げます。
『日本の秘境』(柞木田竜善∥著 読売新聞社 1968年)p171-177「木ノ芽峠」項で前川家の記載あり。p173に”前川家は、”ちょうは造り”の五、六百年たっている古い家で、太閤の陣釜もあるという。”と記載あり。
※本書は、国立国会図書館デジタルコレクション図書館送信参加館内公開資料です。
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2975674

(2)レファレンス協同データベースで、2007年に当館が回答した下記事例に、質問事項の記載があります。
「木の芽峠(木之目峠)の御番所で北陸道を護衛していた前川家に系図が伝わっていたが、越前松平家に提出した、と聞いた。原本は松平文庫にあるのか。もしないのならば、どこにあるのか知りたい。(福井県立図書館)」
https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000040365

(3-1)豊臣秀吉から釜を贈られたことは、「木の芽峠の御茶屋前川家住宅」『福井県今庄町誌』等に記載がありますが、典拠となる史料等は確認できませんでした。また、『福井県今庄町誌』p446には、釜を賜った際に頂いた書附は今は残っていない旨記載されています。

(3-2)豊臣秀吉から釜を贈られた時期は、「木の芽峠の御茶屋前川家住宅」(天正11年(1581))と『福井県今庄町誌』(天正元年(1573)8月18日ごろ)で異なっています。
『太閤秀吉と豊臣一族』(新人物往来社 2008年)p29に、天正元年8月信長軍による越前進攻には秀吉軍は加わっていないこととその時期、信長は秀吉を近江虎御前山に残してきたと記載あるため、天正元年ではなく天正11年の可能性が高いのですが、『福井県史』等には典拠資史料の記載は確認できませんでした。

(3-3)釜の呼び方については、人名・形状等によるものはあっても、陣中釜のように用途による呼び方が記載された資料は確認できませんでした。
(確認資料:『国史大辞典』『茶の湯道具辞典』『釜の歴史と鑑賞』等)
『国史大辞典』の「釜」項には「茶湯釜(ちゃのゆがま)」を参照するよう記載されており、「茶湯釜」項では”茶釜ともいう。”とあります。
Googlebooksで調べてみると、”戦陣釜”の用例はほとんど見られませんが、”陣中釜”は少々あり、最も多く使われていたのは”陣釜”でした。
前掲「木の芽峠の御茶屋前川家住宅」では、この釜のことを”軍用釜””太閤の茶釜””陣釜”と記しています。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC
北陸地方  (214 8版)
日本の建築  (521 8版)
参考資料
(Reference materials)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000310996解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
解決
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