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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

提供館
(Library)
県立長野図書館 (2110021)管理番号
(Control number)
県立長野-20-119
事例作成日
(Creation date)
2020年12月25日登録日時
(Registration date)
2021年03月20日 17時17分更新日時
(Last update)
2021年05月07日 15時34分
質問
(Question)
魚淵[なぶち]が勧請した桃青[とうせい]神社は現在どうなっているか知りたい。長野市穂保[ほやす]の守田神社の境内にあるようだ。
回答
(Answer)
魚淵が勧請した桃青神社について、現状が分かる資料は確認きなかったため、以下を参考に紹介した。

1.魚淵が勧請した桃青神社について記述を確認できた資料
・『長野市誌 第8巻 旧市町村編』長野市誌編さん委員会編 長野市 1997【N212/318】
p.653第12章長沼 第6節長沼地区の文化 2長沼の一茶門人たちと棟梁・彫刻師「佐藤魚淵」の項目に以下の記述があるが、現状については確認できない。
「文化九年守田神社の入り口に芭蕉句碑を建てて『木槿集』を出版した。翌十年には九州久留米(筑紫高良山麓)の桃青(芭蕉)霊神を勧請して守田神社に祠を建て、その記念集『迹祭』は一茶に編集を任せている。」
このほか、第3節神社と寺院 1神社のp.632-633「守田神社」の項目を確認したが、桃青神社に関する記述は確認できなかった。

・『長沼村史』長沼村史編集委員会編 長沼村史刊行会 1975【N212/116】
 ・p.173-174第2編社寺・文学 第4章文学「佐藤魚淵」の項目のp.174上段に「文化十一年には句碑を神霊として勧請した桃青霊神の祭を行い、句集「迹祭」を出版した」とあるが、これ以降のことについての記述は確認できなかった。
 ・第2編社寺・文学 第1章神社p.150-151「守田神社」の項目に境内社についての記述があるが、桃青神社や芭蕉に関する記述はない。
 ・第4編人物 第1章近世における長沼の人物 (2)俳人 にもp.312に「佐藤魚淵」の項目があり、こちらでは、「魚淵の芭翁崇拝の念も段々高まって文化十三年には桃青霊神を祀り、その記念集「迹祭」を出版した」とある。

・「長沼と一茶」(『一茶随筆』栗生純夫著 桜楓社 1971【N913/286】p.124-132所収)
「桃青霊神」や「木槿集」、「迹祭」の出版についての文章の中に、以下の記述が確認できた。
「同じく「迹祭」に桃青社の挿絵が1枚あるところを見ると、この句碑の外に神祠も造立されたのではなかろうかと云う疑問がわいてくるが、この挿絵は筑後の桃青社であって、ここでは碑に刻まれた「桃青霊神」そのものを神格化しているのである。」

・『信濃の一茶 (中公新書) 』矢羽勝幸著 中央公論社 1994【911.35/ヤカ】
 p.140-143第2章巡回・出版・文通 『あとまつり』編集から配本まで の中に、以下の記述があります。
「(前略)『あとまつり』には「桃青社」と明記する草葺き屋根の神社の図を載せ、あたかも森田神社の境内に桃青社が造営されたかのようにみせるが、現在同神社にそのような建物はないし、伝誦や古記録も見当たらない。そのつもりで注意深く『あとまつり』の序(一茶)や跋(魚淵。一茶の代筆であろう)を読んでいくと、勧請の事実は述べても社殿造営のことはいっさい触れていない。久留米市の桃青霊神社(高良大社摂社)より芭蕉の神霊を勧請したことは、すでに『木槿集』にも紹介されており、改めてここで紹介する必要はないのである。(後略)」
なお、前述の『長野市誌 第8巻 旧市町村編』、『長沼村史』、長野県神社庁神社名簿【最終確認日:2021/05/05】では「森田神社」という神社は確認できなかったため、文中の「森田神社」は「守田神社」の誤植と考えられる。

2.魚淵が建てた句碑について記述を確認できた資料
 以下の資料を確認したところ、句碑についての記述が見られたが、ほこらについて有力な手掛かりとなる記述は確認できなかった。
・『信濃の芭蕉塚』関口彦一郎著 関口鶴男発行 1958【913/セヒ】
p.21-22「木槿塚」の項目が守田神社にある芭蕉の歌碑に関する項目。
 編者による「信濃の芭蕉塚のはじめに」によれば、一部の実地踏査と今までの記録や報告によるものということだが、各項目にはどのような手段で調査されたものなのかは不明。
 この項目中の佐藤魚淵の紹介文の中に、「魚淵の芭翁崇拝の念がいよいよつのり、文化十三年には、桃青霊神の社殿を営んで、その記念集「あとまつり」を一茶の校閲を得て出版した」とある。

・『石に刻まれた芭蕉』弘中 孝著 智書房 2004【911.32/ヒタ】
 p.268に句碑の写真、句碑の内容、句碑の住所、建立月日、建立者の記載があるが、詳細については記されていない。

・『信濃の一茶 (中公新書)』(前掲)
p.145に「長沼森田神社の芭蕉塚」のタイトルで写真の掲載がある。

・Google MAP「守田神社」
Google MAPの長野市穂保の「守田神社」に投稿されている写真の中に、2017年5月に撮影された写真の中に、「魚淵」の名前が確認できる歌碑とその隣にもう1つ文字の刻まれた石碑が確認できる【最終確認日:2021/05/05】。


3.令和元年東日本台風による被災について
 長野県の郷土新聞である、「信濃毎日新聞」の記事を検索することができる「信濃毎日新聞 データベース」で「守田神社 穂保」と検索したところ、以下の令和元年東日本台風の関連記事が見つかった。

 いずれも桃青神社に関する祠や歌碑の現状については触れられておらず、掲載されている写真からも、これらについて確認できる情報はない。
・「濁流が奪った本祭り 長野市穂保・守田神社」 「信濃毎日新聞」2019年10月20日 朝刊p.33
 決壊した堤防のすぐそばであり、社殿が流出したことが報じられている。
・「災害復興願う 小さなほこらに祈り」 「信濃毎日新聞」2020年1月3日 朝刊p.33
 被災した守田神社の境内に設けられた祠に初詣をする住民の様子が伝えられている。

 令和元年東日本台風における浸水被害の範囲については、以下の資料で確認できる。
「国土地理院地図」国土地理院【最終確認日:2021/05/05】

 画面上の川に近い堤防の横の神社(鳥居の地図記号)が守田神社を示している。
 リンク先では、令和元年東日本台風における浸水地域を示す「浸水推定段彩図」を重ねて表示している。
画面右下「選択中の地図」のなかの「千曲川地区(10/16撮影)」というところをクリックすると、この地域の被災当時の空中写真を閲覧できる。
回答プロセス
(Answering process)
1.事前調査事項の確認
・事前調査事項の一茶全集の「あとまつり」に関する記述を確認する。
・『全国神社名鑑 上巻』全国神社名鑑刊行会史学センター編纂 全国神社名鑑刊行会史学センター 1977【175.9/ゼン/1】
長野市穂保の守田神社と長野県内の神社で「桃青」とつく神社はともに確認できず。

2.報道の情報を探す
2019年に水害があった地域のため、報道を確認する。
地元新聞データベース「信濃毎日新聞データベース」で「長沼 守田神社」と検索したところ、水害で被害を受けた旨の記事が見つかった。

3.被災状況を確認する
国土地理院地図で現地浸水の様子を確認したところ、決壊現場のすぐ横に立地していたことが分かった。


4.災害前の状況を調べる
(1)自治体発行の郷土史についての資料
所在自治体の長野市発行の『長野市誌』、旧長沼村発行の『長沼村史』、長野県発行の『長野県史』を参照したところ、
『長野市誌』、『長沼村史』で回答の記述を確認できた。

(2)その他当館資料
・「一茶代編『木槿集』『あとまつり』の成立(一)」矢羽勝之幸『長野』133号 1987.5 p.20-34
・「一茶代編『木槿集』『あとまつり』の成立(二)」矢羽勝之幸『長野』135号 1987.9 p.13-25
『信濃の一茶 (中公新書) 』の参考文献として挙げられている同著者の論文。
回答中の「長沼と一茶」(『一茶随筆』p.124-132所収)の記述が紹介されていた。
・『上水内神社誌』上水内神社誌改訂版編纂委員会編纂 長野県神社庁上水内支部 2010
【N171/7a】
 目次を確認したが、長沼の守田神社は確認できなかった。

・『守田神社の歴史とおねりの記録』峯村司著 カヅサ大平成出版 1996【N171/40】
・『守田神社について』塚田清策編 塚田清策 1981【N171/22】
 2点ともに長野市七二会の守田神社に関する資料だった。

5.関係各所に電話で照会
・長野市教育委員会 文化財課 文化財担当
・長野市公文書館
・長沼地区住民自治協議会
・大田神社(守田神社の管理をされているのがこちらの神主とのこと)

詳しいことは分からず、神社にも資料は残っていないとの回答を得た。
事前調査事項
(Preliminary research)
『一茶全集 第6巻』小林一茶著 信濃毎日新聞社 1976【N913/352/6】p.272に簡単な解説、p.274に「青桃社」と書かれた祠の絵の図版が挿入されているとのこと。
NDC
神社.神職  (175)
詩歌  (911)
参考資料
(Reference materials)
長野市誌編さん委員会 編 , 長野市. 長野市誌 第8巻(旧市町村史編). 長野市, 1997.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002667498-00
大枝連藏著 , 長沼村 , 大枝, 連藏. 長沼村史. 長沼村役場, 1916.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I001680736-00
栗生純夫 著 , 栗生, 純夫, 1904-1961. 一茶随筆. 桜楓社, 1971.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001262165-00
矢羽勝幸 著 , 矢羽, 勝幸, 1945-. 信濃の一茶 : 化政期の地方文化. 中央公論社, 1994. (中公新書)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002369029-00 , ISBN 4121012054
関口 彦一郎/著 , 関口 彦一郎. 信濃の芭蕉塚. 関口 鶴男, 1958-11.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I058962554-00
弘中孝 著 , 弘中, 孝, 1939-. 石に刻まれた芭蕉 : 全国の芭蕉句碑・塚碑・文学碑・大全集. 全国芭蕉句碑・塚碑・文学碑等調査会, 2004.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000004360738-00 , ISBN 4434040790
キーワード
(Keywords)
長野市
守田神社
令和元年東日本台風
松尾芭蕉
魚淵
青桃霊神
青桃神社
照会先
(Institution or person inquired for advice)
長野市教育委員会 文化財課 文化財担当
『長野市誌』掲載の電話番号がつながらないため連絡を取ったところ、公文書館は移転に伴って電話番号が変わったとのこと。
長野市公文書館
市史編纂当時のことがわかる者がおらず、その後の文化財の状況もこちらで把握していないため現地の人に聞いてみるのがいいだろうとのこと。
長沼地区住民自治協議会
「長沼交流センター」の指定管理者となっている団体。「長沼交流センター」が令和元年東日本台風での被災し閉鎖している状況であったため、こちらに連絡を取ったが、詳しいことはわからないとのこと。
大田神社
長沼地区住民自治協議会によると、現在守田神社を管理しているのが大田神社の神主であるとのことだった。
関係資料は令和元年東日本台風の水害の際に流出してしまい、わかることはないと回答を得た。
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
その後当館職員が現地に立ち寄ったところ、「Google ストリートビュー」で確認できた句碑の位置は、現在舗装されており句碑やその跡も確認できなかったとのこと。
調査種別
(Type of search)
文献紹介 事実調査
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000295599解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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