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レファレンス事例詳細(Detail of reference example)

[転記用URL] http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000261751
提供館
(Library)
岡崎市立中央図書館 (2310043)管理番号
(Control number)
岡崎-467
事例作成日
(Creation date)
2011年02月10日登録日時
(Registration date)
2019年09月23日 20時45分更新日時
(Last update)
2019年09月23日 20時45分
質問
(Question)
新編岡崎市史に「八丁味噌のはじまりは明確になっていないが、まるやとカクキューのそれぞれのはじまりを1600年に統一した」と書かれていると聞いたが、どこに記載されているか知りたい。
回答
(Answer)
【資料1】「八丁味噌の醸造業早川家の創業口伝によると、貞治元年(一三六二)、矢作川右岸の舳越村の屋敷で自家用の豆味噌を製造したと伝え、太田家の口伝では、延元二年(一三三七)、八丁村で酒造りから味噌造りに移行したとある」との記載あり。
【資料2】「八丁味噌の起源は定かではないが(略)太田家と早川家が一六〇〇年ごろより酒醸造より味噌醸造に移行したようである」との記載あり。
【資料3】「現在、市内八帖町で味噌の製造販売を行っている早川家・大田家の家伝によれば、味噌造りのはじまりは戦国期に遡るといわれる。しかし、これについてたしかな史料は伝わっていない。両家とも江戸時代の早くからこの地で味噌造りを行い、風味と技術を継承してきたのである」との記載あり。
【資料4】「八丁味噌の商号は三河味噌として広く知られている。創業は遠く正保年間(一六四四~一六四八)ともいわれているが、特に享保以後の仕入帳などの文書が多く存在しているという」との記載あり。
【資料5】より、「両家の家伝によれば、始まりは戦国期あるいは室町時代初期までさかのぼるというが、史料によれば両家が問屋として製造販売を行うようになったのは元禄期(1688~1704)頃からである」との記載あり。
回答プロセス
(Answering process)
事前調査事項
(Preliminary research)
NDC 
参考資料
(Reference materials)
『新編岡崎市史 3 近世』新編岡崎市史編集委員会/編集 -- 新編岡崎市史編さん委員会 -- 1992 -- (【資料1】p.1265-1299)
『新編岡崎市史 5 現代』新編岡崎市史編集委員会/編集 -- 新編岡崎市史編さん委員会 -- 1985 -- (【資料2】p.159-162)
『新編岡崎市史 8 史料 近世』新編岡崎市史編集委員会/編集 -- 新編岡崎市史編さん委員会 -- 1985 -- (【資料3】p.654-659)
『新編岡崎市史 18 建造物』新編岡崎市史編集委員会/編集 -- 新編岡崎市史編さん委員会 -- 1983 -- (【資料4】p.492-494)
『新編岡崎市史 20 総集編』新編岡崎市史編集委員会/編集 -- 新編岡崎市史編さん委員会 -- 1993 -- (【資料5】p.302-303)
キーワード
(Keywords)
照会先
(Institution or person inquired for advice)
寄与者
(Contributor)
備考
(Notes)
調査種別
(Type of search)
文献紹介
内容種別
(Type of subject)
郷土
質問者区分
(Category of questioner)
社会人
登録番号
(Registration number)
1000261751解決/未解決
(Resolved / Unresolved)
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