レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021年10月03日
- 登録日時
- 2021/10/03 17:48
- 更新日時
- 2022/03/03 11:43
- 管理番号
- 1435
- 質問
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解決
「八紘一宇」の塔の建造において、どのようにして国内の各県・各団体に献石依頼がなされたのか。記載のある資料はないか。
- 回答
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『宮崎市所在「八紘一宇の塔」について』 W・エドワーズ/著 天理大学 1998 P144-145
『宮崎県政外史』 宮崎県政外史編纂委員会/編 宮崎県政外史刊行会 1967 P337-341
『宮崎県の百年』 別府俊紘/著 山川出版社 1992 P207-209
『機関誌「石の証言」1992-2017&資料集』 「八紘一宇」の塔を考える会/編著 「八紘一宇」の塔を考える会 P15、P554-555
『古今宮崎史談』 黒木晩石/著 講談社 1985 P436
- 回答プロセス
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1 図書館システム
「八紘一宇」でキーワード検索
→『機関紙「石の証言」1992-2017&資料集』 「八紘一宇」の塔を考える会/編著 「八紘一宇」の
塔を考える会
P15 会報第2号 1992.4.26 日本国内よりの献石数の図あり。
P554-555 第64号 2014.11.15 「八紘一宇」の塔の建設の項目に、「7月5日夜退京 帰り
に大阪に立ち寄り、大阪毎日新聞を訪問しました。」「8月16日の大阪毎日 「全国から礎石を集め
大祖国塔を建設 日向古代研究所も設置」との記載あり。
『宮崎市所在「八紘一宇の塔」について』 W・エドワーズ/著 天理大学 1998
P144-145「10月2日に、大阪毎日新聞は「一大肇国塔を建立、国運の進展と日本精神を象徴する」
と相川の案を紹介した。」他記載あり。
2 Googleブックス
「八紘一宇 献石」でキーワード検索
→『宮崎県の百年』 別府俊紘/著 山川出版社 1992
P207-209 「八紘之基柱の建設」の項に、「宮崎県の各市町村から一個ずつ献石されたのをはじ
め、国内各府県・朝鮮半島・台湾・「満州」(中国東北部)・ドイツ・ペルー、中国大
陸に出征中の各部隊などの各団体から献石された。」との記載あり。
『宮崎県政外史』 宮崎県政外史編纂委員会/編 宮崎県政外史刊行会 1967
P337-341 第十九話「八紘之基柱」建設記の項に、宮崎県知事相川勝六氏の寄稿(原文)掲載あ
り。「八紘之基柱を建設する方法として、~(略)~当時の大阪毎日新聞社が協賛して、
広く内外にPRしてくれたことが、大きな力となって大きな反響を呼びました。」との記
載あり。
3 ブラウジング
『古今宮崎史談』 黒木晩石/著 講談社 1985
P436 「起工式は昭和十五年」の項目に、「竣工した大手洗盤「美々津」は、美々津振興隊青年の
奉仕によって、美々津に運び出され、鉄路花ヶ島駅に至り、同駅から八紘台の基柱前に厳然と
据えこまれたのであった。」との記載あり。
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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W・エドワーズ 著 , W・エドワーズ. 宮崎市所在「八紘一宇の塔」について. 天理大学, 1998. (天理大学学報 ; 第187輯)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I066164085-00 -
宮崎県政外史編纂委員会編 , 宮崎県政外史編纂委員会. 宮崎縣政外史. 宮崎県政外史刊行会, 1967.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000096-I006541260-00 -
別府俊紘 [ほか]著 , 別府, 俊紘, 1943-. 宮崎県の百年. 山川出版社, 1992. (県民100年史 ; 45)
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002190342-00 , ISBN 4634274507 -
「八紘一宇」の塔を考える会 編著 , 「八紘一宇」の塔を考える会. 機関誌「石の証言」1992~2017&資料集. 「八紘一宇」の塔を考える会.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I074965289-00 -
黒木晩石 著 , 黒木, 晩石. 古今宮崎史談. 講談社, 1985.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I057917360-00
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W・エドワーズ 著 , W・エドワーズ. 宮崎市所在「八紘一宇の塔」について. 天理大学, 1998. (天理大学学報 ; 第187輯)
- キーワード
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000305586