レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2020/08/25
- 登録日時
- 2020/10/20 00:30
- 更新日時
- 2020/11/12 13:34
- 管理番号
- 6000054821
- 質問
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未解決
豊中市立克明小学校付近にあった御位塚古墳についてわかる資料はあるか。貴人の墓であると聞いたことがあるが、どのような人が埋葬されているか知りたい。
- 回答
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『大阪伝承地誌集成』(清文堂)p927「大石塚小石塚」に、火焔皇子(ほのおのみこ)と、その妹で欽明天皇の后であった倉若媛・石媛・小石媛を葬ったのが大石塚・小石塚・御位塚であるという伝説がかつてあったことが紹介されている。
『大阪府全志 巻之三』(清文堂)p1234-1236にも同様の伝承の紹介があり。火焔皇子は宣化天皇の子で川原氏・椎田氏の祖、為那氏の祖、石姫は欽明天皇の皇后、小石姫は欽明天皇の皇妃との記載もあり。
『豊嶋文化』(豊中郷土文化研究会)第5号p21-22「桜塚三十六墳について」、『大阪府誌 第5編』(思文閣)p442-443にも同様の伝承の記載があり。
『摂津名所図会』下巻(古典籍刊行会)p153「火焔皇子の神廟」には、東桑津村(豊中市外)にあるこの廟は宣化天皇第二皇子の火焔王子の墓と言われているとの記載があり。
『新修豊中市史 第4巻 考古』(豊中市)p288-335には、御位塚を含む桜塚古墳群の発掘調査結果等があり、御位塚は現存せず過去の発掘調査も行われていないが、近接し現存する大石塚古墳・小石塚古墳と一群のものとして扱われている。大石塚古墳は古墳時代前期後半に築造、小石塚古墳は古墳時代前期後半から末にかけて築造と推定され大石塚古墳に継続するものとの記載があり。被埋葬者については記載なし。
『机上版 日本史年表 第4版』(岩波書店)を確認すると、古墳時代前期とあるのは3世紀後半から4世紀末頃まで、日本書紀によるとして欽明天皇の名が記載されているのは532年から572年。
- 回答プロセス
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郷土資料の書架より、桜塚古墳群・大石塚小石塚古墳等に関連する書籍を探した。
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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- 『大阪伝承地誌集成三善 貞司/編著清文堂出版
- 『大阪府全志 巻之3』 井上 正雄/著 清文堂
- 『豊嶋文化 第1号-第5号』 豊中郷土文化研究会/編 豊中郷土文化研究会
- 『大阪府誌 第5編』 大阪府/編纂 思文閣
- 『摂津名所図会 下巻』 [秋里 籬島/著] 古典籍刊行会
- 『新修豊中市史 第4巻』 豊中市史編さん委員会/編 豊中市
- 『日本史年表』 歴史学研究会/編 岩波書店
- キーワード
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- 歴史(レキシ)
- 豊中市(トヨナカシ)
- 岡町(オカマチ)
- 桜塚古墳群(サクラヅカコフングン)
- 古墳時代(コフンジダイ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 一般
- 登録番号
- 1000288406