レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2021年03月10日
- 登録日時
- 2021/04/29 14:26
- 更新日時
- 2023/03/15 12:20
- 管理番号
- 台東区-10416
- 質問
-
解決
橋場の別荘地について
①なぜ、そこに集ったのか。
②以下の人々がいつからいつまで住んでいたか。どういう暮らしをしていたか。
三条実美、有馬頼萬、山内容堂、池田茂政、松平春嶽、小松宮彰仁親王、大河内輝声、伊達宗城
- 回答
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①当時の隅田川畔の橋場一帯は風光明媚な地であり、著名人の屋敷が軒を連ねていたとの記述が多く見られた。以下の各資料を案内。
『台東区史 社会文化編』
P.635~636:対鷗荘についての記載あり
『たいとう名所図会』
P.120:対鷗荘跡についての記載あり
『地図と愉しむ東京歴史散歩 お屋敷のすべて篇』
P.550:「明治天皇が松平慶永(春嶽)邸に幸ず」との記載あり
P.191:明治20年(1887)の華族住所録
P.155:大正5年(1916)の華族住所録
P.123:川の手の遊園・邸宅一覧
浅草、今戸周辺の邸宅の住所と名前、前後の使用用途などを確認できる。
P.53:「明治初期、貴賢は競うように隅田川川べりに大邸宅を建てた。三条実美、伊達宗城、松平春嶽、岩崎弥太郎、大倉喜八郎、安田善次郎……ほとんどが別邸である。なかには川に面した屋敷を気に入り、ここで生涯を終えた古松宮明人親王や山内容堂のような人物もいた。」
P.61:隅田川の川沿いには大判、小判を製造する幕府の金座と天保通宝を製造した銭座があったが、安政の大地震で焼失し、この地には再建されなかった。広大な跡地が残されたが、いずれも明治維新後に別荘用地に転用された。金座跡は福井藩主だった松平春嶽邸となり、銭座跡は旧岡山藩主池田茂政邸となった。」
P.64:「ただ、浸水の危険があったとしても、それを凌駕する長所があった。それが風光明媚だった。」
『上野・浅草・隅田川歴史散歩』
P.18:対鴎荘跡碑「隅田川畔の橋場一帯は風光明媚な地であり、著名人の屋敷が軒を連ねていたという。明治の政治家三条実美(1837-1891)の別邸であった対鴎荘もそのひとつである。」
P.19:橋場周辺の地図あり
『みやこ島』(『たぬき汁:随筆』内にあり)(国立国会図書館デジタルコレクション)
P.12:今戸の寮についての記述あり。
「今戸の寮は幕末から明治初期までが一番全盛を極めたのであつて、この頃の物持や政治家が熱海や箱根へ別荘を設けるやうに常時銀座の役人や、御用商人、藝人、大名、圍はれ者などがここへ別荘を作つた。・・・それが大正十二年の震災までは俤を残していたのである。」
②以下の資料より、多くは明治初期に住み始めたことがわかる。詳細は各資料を参照。
◯三条実美
『たいとう名所図会 平成29年版』
P.129:「対鷗荘跡」に「隅田川畔の橋場一帯は、風光明媚な地であり、かつては著名人の屋敷が軒を連ねていたという。対鷗荘もその一つで、明治時代の政治家三条実美(一八三七~一八九一)の別邸であった。「征韓論」をめぐって、政府内に対立が続いていた明治六年(一八七三)の十月、太政大臣の要職にあった実美は心労のあまり病に倒れ、この別邸で静養していたが、同年一二月一九日明治天皇は実美を気使い、この邸を訪れている。」
『三条実美』
P.246:年譜の1873年(明治六)の欄に
「10月18日発病。12月21日政府に復帰。」
P.165~:「三条倒れる」に病状の記述あり。
P.167:10月20日に天皇が三条邸に行幸した旨の記述あり。
◯有馬頼萬
台東区映像アーカイブ
『橋場(DVD)―まちと川のものがたり―』
有馬頼萬の子、頼寧が4歳の時に橋場の別邸に転居したことが分かる。
『地籍台帳・地籍地図〈東京〉 第6巻』
P.330:橋場町南部大正元年 浅草67
右下に有馬頼萬邸、左下に小松宮邸が確認できる。
◯山内容堂
『山内容堂』
P.256:年表、明治二年の欄に「八月十五日、橋場別荘に隠居」との記載あり。
P.245~247:「…明治五年の春を迎えた…六月二一日の午後八時、再発した病気のために卒然として目を閉じた。享歳四十六―遺骨は、二十七日の夜になって橋場の別荘から箱崎の本邸に移された。」との記載あり。
P.243~247:「橋場の別荘」
橋場での暮らしぶりがわかる記載あり。
『鯨海酔侯 山内容堂』
P.153:「橋場の暮らし」
橋場での暮らしぶりがわかる記載あり。
○池田茂政
『池田光政公伝 上』(国立国会図書館デジタルコレクション)
P.145~147:93,94コマ目 茂政に関する記述あり。
P.147:「翌十二日東京橋場別邸に薨す、年六十一。」とある。
『東京明覧 【簡易複製版】』
第21章邸宅にて茂政の息子である池田勝吉の名前と住所が確認できる。
○松平春嶽
『松平春岳』
P.394:「明治六年一二月十九日、明治天皇(二二歳)は春嶽の新居隅田川畔の真崎邸に行幸、一族は謁見の光栄に浴し、松平家伝来の家宝の数々を展覧に供した。」この時のことを詠んだ春嶽の歌の記載あり。
P.397:「旧臣数百人を水道町礫川邸(明治十一年真崎邸よりここに移る)に招待。」
P.447:略年譜の明治6年(1873)の欄に「十二月十九日、天皇・皇后、春嶽の真崎邸に行幸」
P.448:略年譜の明治10年(1877)の欄に「正月二八日、邸宅を小石川水道町に移す」 明治6年には住んでいたことがわかる。
○小松宮彰仁親王
『地図と愉しむ東京歴史散歩 お屋敷のすべて篇』
P.53:「明治初期、貴顕は競うように隅田川川べりに大邸宅を建てた。…なかには川に面した屋敷を気に入り、ここで生涯を終えた小松宮彰仁親王や山内容堂のような人物もいた。」
P.64:「明治六年(一八七三)の行幸の際に明治天皇が訪れた松平春嶽邸は、明治二十三年の春嶽没後ほどなく小松宮彰仁親王の別邸になった。もしかしたら、頼子妃(親王妃)の実家である有馬伯爵邸がすぐそばにあったことが考慮されたかもしれない。・・・」
明治23年以降に小松宮邸となったことがわかる。
○大河内輝声
『大河内文書』
P.7:「これからのち 輝声は 浅草今戸十三番地の風雅な屋敷にすんで、漢詩文をつくることをこのみ、中国の人とまじわるように なったのである。」明治4年の廃藩置県後に移り住んだことがわかる。
P.249:添え書きに番地についての補足あり。
○伊達宗城
『伊達宗城在京日記』
P.713:巻末の解題にて「二十五年十二月二十日、七十五歳で浅草今戸の邸で歿したのである。」とある。
『たいとう名所図会 平成29年版』
P.120:明治6年(1873)の明治天皇の対鴎荘行幸の際、「御見舞いの帰途、伊達宗城邸で御休息の際…」とあり、
明治6年には住んでいたことがわかる。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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台東区 編 , 台東区. 台東区史 3 社会文化編. 台東区, 1966.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000001-I077746635-00 (台東区110923877/T213.6タ) -
台東区教育委員会文化事業体育課文化財担当 編 , 東京都台東区教育委員会. たいとう名所図会 : 史跡説明板ガイドブック 3版. 台東区教育委員会文化事業体育課文化財担当, 2004.
https://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000007488480-00 (台東区122276660/T291.3タ) -
鹿児島徳治著 , 鹿児島, 徳治. 隅田川の今昔. 有峰書店, 1972.
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豊島 寛彰/著 , 豊島 寛彰 , 豊島 寛彰. 隅田川とその両岸 続中巻. 芳洲書院, 1969-09. (東京歴史散歩 : 第8集)
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本山桂川著 , 本山, 桂川. 東京と近郊の名碑めぐり. 新樹社, 1969.
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東京市/編 , 東京市. 東京市史稿 遊園篇 第4. 臨川書店, 1974.
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地図資料編纂会 編 , 地図資料編纂会. 地籍台帳・地籍地図「東京」 第6巻 (地図編 2). 柏書房, 1989.
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台東区 編 , 台東区. 台東区史 3 社会文化編. 台東区, 1966.
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