レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2012年3月27日
- 登録日時
- 2011/12/01 16:52
- 更新日時
- 2016/08/20 12:23
- 管理番号
- 町田-063
- 質問
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解決
プラトンの『パイドロス』の中に、エジプトの神テウトが将棋を発明したというくだりがある。将棋のルーツは、古代エジプトに辿ることができるのか。
- 回答
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プラトンの『パイドロス』の中で<将棋>と訳されているのは、<ペティア(πεττειαζ)>。そして、ペティアの起源は古代エジプトの<セーガ/シガ(Seega/Siga)>であるという説がある。ペティアもセーガも、相手の駒を挟むか隅に追いつめるかして取る戦争ゲームであり、駒の動きはチェスのルークあるいは将棋の飛車に似ている。日本の挟み将棋同様のゲームである。しかし、類似点はあっても、駒の性質や遊び方を考慮すると、将棋のルーツとは言えない。将棋のルーツがインドの<チャトランガ(Chaturanga)>であるという説は長きにわたり支持されており、今後新たな発見がないとは言えないが、今のところ定説のようである。
- 回答プロセス
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問題になったのは、プラトンの『パイドロス』におけるソクラテスの言葉。「・・・・・神自身の名はテウトといった。この神様は、はじめて算術と計算、幾何学と天文学、さらに将棋と双六などを発明した神であるが、とくに注目すべきは文字の発明である。」 《参考資料① p.254》
■テウト
先ず、《参考資料③~⑦》で<テウト>を調べるが、記載なし。
Google検索で<テウト(Theuth)>がギリシア名で、またの名を<トト(Thoth)>ということを知る。因みに、古代エジプト名は<ジェフゥティ(Dhwty)>。《http://www.moonover.jp/bekkan/god/thoto.htm》 2011年12月28日確認。
改めて《参考資料③~⑦》で<トト>を引く。
トト(テウト)が算術、天文学、文字等を発明したという記事は《参考資料④~⑥》に載っているが、将棋を発明したという記述は見つからず。
■ペティア
『パイドロス』の中で、<将棋>と訳されている言葉は”πεττειαζ” 。《参考資料②》
”πεττειαζ” は 「”πεττοζ” を用いる盤上の遊び」であり、”πεττοζ” は「盤上の遊びに用いる丸石」。
<ペティア>という言葉は、盤上遊戯全般にも用いられるが、特定のゲームにもまた用いられる。
H.J.R.Murray氏は、プラトンが<ペティア>という言葉を特定のゲームに用いたと主張する。《参考資料⑭ p.25》
ペティアは、紀元前5世紀から2世紀にかけて存在した古代ギリシアの盤上遊戯である。駒の動きはチェスのルークあるいは将棋の飛車に似ており、相手の駒を挟むか隅に追いつめるかして取る戦争ゲームの一種であったと見做される。(詳細は、《参考資料⑬ pp.160~161, ⑭ pp.24~27》参照)
プラトンは、このゲームが古代エジプトから来たものと考えており、それが上に引用した『パイドロス』の一文につながる。
それでは、ペティアのルーツとなる古代エジプトのゲームとは何か。
古代エジプトの盤上遊戯には、セネト、盾ゲーム、蛇ゲームなど様々あるが、戦争ゲームに分類されるのは、<セーガ(Seega)>や<タウ(T'au)>である。(ゲームの種類や分類については、《参考資料⑧⑪⑬⑭》参照のこと)
セーガやタウは、古代エジプトから古代ギリシア・ローマへと遊び継がれていったとされ、webページには、ペティアとセーガの類似性に触れている記事が幾つかある。 例えば、《http://www.di.fc.ul.pt/~jpn/gv/petteia.htm》 2011年12月28日確認。
また、プラトンがペティアを古代エジプト起源のものと考える時、彼の頭の中にセーガがあったと推測するのは、M.Winther氏である。《http://hem.passagen.se/melki9/Egyptian_Siga.htm》 2011年12月28日確認。
■将棋のルーツ
ギリシアのペティアも古代エジプトのセーガも、角形遊戯盤の桝目に駒を進める、挟み将棋に似たゲームであるが、これを<将棋>と訳してよいかどうかについては、様々に意見が分かれるところである。
増川宏一氏は、上に引用したソクラテスの言葉に触れて、「訳者は代表的な盤上遊戯を意味する訳語として<将棋>を使われたのであろうが、これは正確でない。この頃にはまだ将棋は創りだされていなかった。」と言っている。 《参考資料⑧ p.13》
増川氏は、駒の性質やルールの違いから、セーガ、ペティアなど古代の戦争ゲームをチェスや将棋と明確に区別する。
「チェスおよび将棋は、これまでみてきた古代に愛好された盤上遊戯とその後継の遊びとはまったく異なっている。チェス類の駒はそれぞれが独自の性能(動き方)があり、盤上で他の駒と連携しながら進む。駒はさいころの目によって動くのではなく、遊び手の意志によって動かされる。・・・・古代においても敵味方が相対峙して闘う<戦争ゲーム>も考案されたが、相手の駒を跳び越して取るか、挟んで取るゲームで、駒は均一であった。チェス類のようにそれぞれの駒に名前があり、固有の動き方をするものではなかった。」 《参考資料⑬ p.79》
このように、ペティアをはじめとする古代の盤上遊戯は、広義には<将棋>同様に扱われることが多々あるが、厳密な意味では同様ではないし、ルーツとも言い難い。
将棋のルーツを求めるなら、やはりインドであろうか。長期にわたるチェス史の研究により、チェスおよび将棋の起源がインドの<チャトランガ(Chaturanga)>であることは確定しているようだ。 《参考資料⑬ p.78》
*将棋やチェスの起源がチャトランガであるという説は、それぞれに関する文献やwebページで大抵確認できる。
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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- 1.『プラトン全集5』 プラトン著 鈴木照雄他訳 岩波書店 1986年
- 2.『Plato with English Translation』 Plato,trans.by Harold North Fowler, Harverd University Press,1960
- 3.『エジプト神話シンボル事典』 マンフレート・ルルカー著 山下主一郎訳 大修館書店 1996年
- 4.『図説エジプトの神々事典』 ステファヌス・ロッシーニ著 矢島文夫訳 河出書房新社 1997年
- 5.『エジプトの神々』 池上正太 新紀元社 2004年
- 6.『図説古代エジプト誌 古代エジプトの神々』 松本弥著 弥呂久 2006年
- 7.『大英博物館双書Ⅳ 古代の神と王の小事典2 エジプトの神々』 ジョージ・ハート著 近藤次郎訳 学芸書林 2011年
- 8.『盤上遊戯』 増川宏一著 法政大学出版 1978年
- 9.『将棋Ⅰ』 増川宏一著 法政大学出版 1977年
- 10.『将棋Ⅱ』 増川宏一著 法政大学出版 1985年
- 11.『古代エジプトの遊びとスポーツ』 ヴォルフガング・デッカー著 津山拓也訳 法政大学出版 1995年
- 12.『将棋の起源』 増川宏一著 平凡社 1996年
- 13.『盤上遊戯の世界史』 増川宏一著 平凡社 2010年
- 14.『A history of Board-Games other than chess』 H.J.R.Murray, Oxford University Press, 1952
- キーワード
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- エジプト
- 将棋
- ペティア
- テウト
- トト
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- ゲーム
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000097334