「西洋の17世紀までの絵画にキリスト教の影響のあるものが多く書かれている理由と絵から何を伝えようとしているのか」というご質問ですが、絵画だけでなく芸術ということで図書を紹介いたします。
1.『ゴシックの図像学 上 中世の図像体系』<702/183N>p.9 「序言」に「中世は芸術を教育のように考えていた。人間にとって知るに価するすべてのこと、天地創造以来の世界の歴史、キリスト教の教義、聖人たちの模範、美徳の諸段階、多様な学問や技術や職業、これらすべて教会のステンドグラスやポーチの図像によって教えられたのである。....素朴な人びと、無知な人びと、「神の聖なる貧しき民」と呼ばれるすべての人びとは信仰について彼らの知るほとんどすべてを目から学んだのであった。これらの深い宗教性をたたえた図像は教会の真理性を証しているかのようであった。...芸術のおかげで、神学と自然学の概念さえも、漠然ながら無学な庶民にまで到達し得たのだ。しかしながら、これらの作品の持つ深い意味は忘れられてしまった。世界についてまったく異なったヴィジョンを持つ新しい世代の人びとには、もはやそれは理解し得なくなったのである。十六世紀の後半にはもう中世芸術は謎となった。...」とあります。
2.『キリスト』<907/85>p.9に「紀元313年、コンスタンティヌス大帝のミラーノの勅令によってキリスト教徒はついに自由を得て各地一斉に教会が建ちはじめる。一部神学者の反対論は無視され、教会内部は宗教図像で一面に装飾されることになる。こうしてほとんど革命的な飛躍を遂げることになる教会の図像芸術は三つの目的を持っていたと考えられる。その第一は神の栄光の賛美である。...キリストを中心とする新しい世界の秩序の歓喜が、全能の神および神の母としての聖母、さらに神の教えの実践者である聖人たちの栄光をたたえる情熱が神の家をこの上なく華麗にかざりたてることとなった。第二は図像による民衆の教育である。信徒になる者も、なった者も、すべてが宗教的知識を得あるいは高める必要があった。キリスト出現までの世界史(旧約)をまたキリストその人の生涯を、さらにはキリストの死後に殉教者たちが血で綴った歴史を学ばねばならなかった。そのためには書物が発達せず文盲者の少なくなかった当時、図像芸術による視覚的教育によるより他になかったのであった。こうして宗教図像によって一面に飾られた教会建築そのものが、民衆の聖書として教育的性格をもおびてゆくのである。さらに、図像芸術の第三の目的は、民衆に宗教的知識を与えるに止まらず、宗教的美しさによって見るものの心の奥深く宗教感情を高揚させることにあった。」とあります。
3.『受胎告知の図像学』<907/101>の「序」の部分に「キリスト教美術は常に教義的神学的である。教会の壁面を飾ったフレスコ画、モザイク、彫像、更にステンドグラスや各種の祭具、夥しい数の写本類にみられる造形活動のすべては、キリスト教の信仰と理解にとって欠かすことは出来ない。教会美術は信仰ないしは教義に立脚した規約によって厳格に規制されており、古い時代から素朴な人々、無知な人々に対して、教会の教えの真実に対する偉大な聖人としての発言を引き受けてきた。信仰と神学によって支えられている無数の図像はいわゆる『目でみる聖典』である。こうして教会と神学者の論争から生まれた最高の思想は美術を媒介として最も卑しい人々の心のなかにさえ、無限の愛と信仰の力を刻み込んでいった。」とあります。
4.『イコンのこころ』<907/171>p.48に「祈りの心がもたされるところなら、いつでも、どこでも自由に祈るものにより表現され、形となるものである。ここに、祈る者により表現される形の中のひとつとして、イコンの美の世界があるのである。」p50に「イコンに表現された祈りの心はまたイコンの前で祈る者の心でもある。彼らはイコンをとおして祈りの心を修得したり、再確認したりするのである。」また「祈りの心を引き出し、それを具体化するイコンの製作者はちょうど助産婦のような役割を持っているともいえる。教会の祈りの伝統が彼の手をかりてわが子たるイコンを生みだすのである」とあります。
5.『ヨーロッパ・キリスト教美術案内』<907/225>p.5「中世では文字を知らず書物を読めぬ-しかし正直な心の人々に『目から学ばせる』ために絵画や彫刻が用いられていた事も思い出しておく必要がある。...」とあります。
6.『キリスト教図像学』<907/137>p.21「ヨーロッパの百科全書的芸術(6~13世紀)...芸術は彫刻およびステンドグラスの芸術であって、もはやフレスコやモザイクの芸術ではない。それは常に建築全体の一部である。その目的は信者たちの教育である。まず第一に、それは教会公認の教育を表現しようとする。」とあります。
7.『ヨーロッパのキリスト教美術 上下』<L11/971N>p.18「聖ベルナルドゥスのように貧しくあるためには、並はずれた心の豊かさが必要であった。しかし世間一般の信徒たちには、何かが力を藉し与えることが必要であった。信仰や希望に満ち満ちたあの低浮彫や柱頭彫刻が幾世期もの間、どれだけの人々の心を動かし、支え、そして慰めたことであろう。」とあります。