レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20230406
- 登録日時
- 2023/07/07 00:30
- 更新日時
- 2023/12/02 11:52
- 管理番号
- 0401005395
- 質問
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解決
「ほくそ笑む」という言葉は、北叟(ほくそう)という老人が幸不幸、喜憂、いずれにつけても少し笑ったことに由来しているという。この出典が知りたい。
- 回答
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出典として『妻鏡(つまかがみ)』『壒嚢鈔(あいのうしょう)』を紹介。参考資料4・7・8もあわせて紹介した。
- 回答プロセス
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参考資料1~4で「ほくそ笑む」の項目を調査。参考資料4に以下のように由来の記載あり。
[資料4]
控えめにかすかに笑う。満足そうにほほえむ。また、一人悦に入って笑う。ほくそわらう。
〔補注〕「ほくそ」は、北叟すなわち塞翁(さいおう)のことで、「塞翁が馬」の故事のように世の無常を達観し、杞憂・善悪いずれにつけても少し笑う「北叟笑い」からとする説[妻鏡・壒嚢鈔]があり、「北叟」の字をあてる。(p56より)
上記で出典とされている「壒嚢鈔」「妻鏡」を調査。
自館検索では「壒嚢鈔」の原文が掲載されている資料はヒットせず、「妻鏡」は『日本古典文学大系 83』のみがヒット。
しかし『日本古典文学大系』には「妻鏡」の索引が付いていなかったため、全文検索が可能な国立国会図書館デジタルコレクションで掲載箇所の調査を行う。
それぞれ、タイトル「壒嚢鈔」キーワード「北叟」、タイトル「妻鏡」キーワード「北叟」で検索。
下記①②③に記載あり。(一部新字体使用・(レ)は返り点)
①②『壒嚢鈔(日本古典全集)』(info:ndljp/pid/1025075)より
①p109(59コマ目)
〔二十六〕吉凶。不定。憂喜。相ヒ交ル事ヲ。サイヲウカ馬ト云ハ何事ソ。
塞翁トハ。北叟也。塞ヲハ。ソコトヨム。北ヲ云也。南ヲ。口チトスレハ北ハ即。ソコ也。仍テ塞北共云也。此塞翁ハ。吉事ヲモ不(レ)喜ハ凶事ヲモ不(レ)歎カ。万事ニ少許也。是善ト思事モ。アシク。悪ト思事モ又ヨケレハ也。然ルニ此翁ニ容皃能テ。又孝行ナル子アリ。又逸物ノ雑駄アリ。乗走心向ケ類ヒ無類ノ馬也。邑老至テ。子幷ニ馬ノ比モ无キ事ヲ。ホメウラヤメハ。イサ可(レ)歎事ニヤトテ少シエム。…(後略)
②p113-114(61-62コマ目)
〔三十五〕少シエムヲ ホクソワライト云ハ何事ゾ
北叟カ笑ヲ。ホクソ咲ト云成セル也。喩ヘハ昔ノ唐ノ世ニ一リノ老翁アリ。王城ノ北ニ居スル故ニ。是ヲ北叟ト云。塞翁カ事ナルヘシ。此翁ハ世間ノ無常ヲ観メ。君ニ仕テ名利ヲ貪ル心モナク。私ヲ顧テ財寶ヲ貯ル思モナシ。可(レ)歎ク事ニモ少シ笑ヒ。可(レ)喜事ニモ少シ咲フ。是悦モ憂ヘモ。皆不(レ)久萬事。皆夢ナル理リヲ。能知テ。一切ノ事ニ少シワラフ也。是ヲ俗譜ニ。ホクソワライト云ナルヘシ。
※『壒嚢鈔』について
室町中期の類書。…(中略)…初学者のために、事物の起源、語源、語義などを、問答形式で五三六条にわたって説明したものである。[資料5・p65より]
③無住法師『妻鏡』(info:ndljp/pid/823378)より
p18(11コマ目)
昔唐朝ニ。北叟ト云者アリ。世間ノ無常ヲ知リケレハ。君ニ仕テ名利ヲ貪ル心モ無ク。私ヲ顧テ財寶ヲ貯ル思モ無カリケリ。都ノ北ニ居所ヲシメテ。柴ノ庵ヲ結テ身ヲ宿シ。麻ノ衣ヲ着テ寒ヲ防キ。草ヲツミ菓ヲ拾テ飢ヲ慰メテ。日夜ヲ過シ年月ヲ送リケリ。悦アル事ヲ見テモ少シ咲ミ。憂アル事ヲ聞テモ少シ咲ケリ。是ハ悦モ憂モ終ニ不(レ)久善モ悪モ皆夢ト成リ行。無常ノ理ヲ能ク知テ也。今ノ人モ少シエミタルヲ。ホクソ笑ト云ヘルハ。此北叟カ事ナルヘシ。
また、③の記述をもとに[資料6]を調査し、p173-174に上記と同様の記載を確認した。
GoogleBooks(https://books.google.co.jp/)で「ほくそ笑む 塞翁」と検索。ヒットした資料のうち、自館に所蔵のある以下の資料を調査。
④[資料7]p297-298より
「ほくそ」に「北叟」の字を当てることがあるが、これは、北叟すなわち塞翁(→塞翁が馬)が世の幸不幸を達観し、どんな事態に遭遇してもかすかな笑みを浮かべていたとし、この語の由来をそこに求めようとする考えからである。
⑤[資料8]p442より
北叟とは『淮南子(えなんじ)』に見える塞翁のことで、北方辺境のとりでに住み、馬を飼養したが、この馬があるいは逃げ、あるいは良馬を率いて帰るなどして、塞翁は禍福の間を転々とした。この故事をもとに「人間万事塞翁が馬」ということわざが生まれ、人の禍福の変わりやすくまた予測しがたいことをいうが、この塞翁すなわち北叟が人間の禍福をあらかじめ知っている予言者という意味にとられて、他人の知らぬ幸運が自分にやって来ると考えてひそかに心中で喜ぶことから「ホクソ笑む」ということばが生まれたとする。
⑥[資料9]p131より
”塞翁が馬”とは、”人間万事塞翁が馬”ともいわれ、人間の幸不幸は、あざなう縄のように、めぐるもので予測できぬことをいうことばだが、塞翁は、他人が不幸を同情してくれたとき、”これが幸福のタネにならぬとは限らん乎…”と、ひそかに笑っていたことに由来している。
「塞翁が馬」の故事の原文に上記のような記載がないか確認するため、出典の「淮南子-人間訓」を確認する。
「淮南子」を自館検索したところ[資料10~13]が該当。
「塞翁が馬」の由来となった故事は、[資料10]:第七節(p1042-1045)、[資料11]:p267-268、[資料12]:p180-181、[資料13]:人間訓(p9-10)に記載あり。しかし、「少し笑い」といった記載は確認できず。
⑥「”これが幸福のタネにならぬとは限らん乎…”と、ひそかに笑っていたことに由来している。」が指すのは、「此何遽不為福乎。」([資料13]p10より)だと考えられるが、「ひそかに笑っていた」ことについての記載は確認できなかった。
[参考資料10]の語釈に「同じ説話が『列子』説符篇に見え」(p1044)と記載あり。
「列子」を自館検索しヒットした[参考資料14]を確認したが、『列子』(節符第八 第十四章)に書かれているのは「淮南子」掲載の説話の内、前半部分のみで馬に関する部分ではなく、「少し笑い」に該当すると思われる記載は確認できなかった。
- 事前調査事項
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西谷裕子著『言いたいことから引ける 大和言葉辞典』(東京堂出版)では、「一説に、『ほくそ』は北の辺境に住む老人の意の『北叟(ほくそう)』の転で、中国の故事『塞翁が馬』の塞翁のこと。その翁が幸不幸、喜憂、いずれにつけても少し笑ったことに由来されるとされ、『北叟笑む』と当てて書くこともある。」と記載。
- NDC
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- 辞典 (813 10版)
- 参考資料
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- 中国史で読み解く故事成語,阿部 幸信/著,山川出版社,2021.4 (資料1・記載なし|0119675502|/824.4/ア/)
- 日本語のなかの中国故事,小林 祥次郎/著,勉誠出版,2017.9 (資料2・記載なし|0141641175|/824/コ/)
- 故事俗信 ことわざ大辞典,尚学図書/編,小学館,1982年 (資料3・記載なし|0110622859|R/813/シ/)
- 日本国語大辞典 第12巻,小学館国語辞典編集部/編集,小学館,2001.12 (資料4・由来の記載あり|0117704957|R/813.1/ニ/(12))
- 日本大百科全書 1 あ―あん,小学館,1984年 (資料5|0111539052|R/031/ニ/1)
- 日本古典文学大系 83 岩波書店 1978 (資料6|0111730669|918/ニ/83)
- ちょっと古風な日本語辞典,東郷 吉男/著,東京堂出版,1997.9 (資料7|0116808270|R/813.4/ト/)
- 日本近代文学大系 41,角川書店,1973 (資料8|0111488599|/918.6/ニ/)
- 中国伝来物語,寺尾 善雄/著,河出書房新社,1982.2 (資料9|0111496014|R/210.1/テ/)
- 新釈漢文大系 62,明治書院,1988.6 (資料10|0116519265|/928/シ/62)
- 中国古典文学大系 6,平凡社,1974. (資料11|0111463980|/928/チ/6)
- 国訳漢文大成 経子史部 第11巻,東洋文化協会,1955 (資料12|0112938501|/082/コ/1-11)
- 漢文大系 第20巻,富山房編輯部/編輯,富山房,1984 (資料13|0114412018|/082/カ/)
- 新釈漢文大系 22,明治書院,1967.5 (資料14|0116574930|/928/シ/(22))
- キーワード
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- 故事成語
- 塞翁(さいおう)
- 北叟(ほくそう)
- 壒嚢鈔(あいのうしょう)
- 妻鏡(つまかがみ)
- 淮南子(えなんじ)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 言葉
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000335604