レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017年12月20日
- 登録日時
- 2018/01/24 10:12
- 更新日時
- 2018/01/24 10:13
- 管理番号
- いわき総合-地域535
- 質問
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解決
平市(現いわき市)に武徳殿という施設があったようだが、どういうものなのか知りたい。
- 回答
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以下の資料で確認できました。
・『いわき民報 昭和57(1982)年12月24日』1面
「平武徳殿が衣替え 婦人就業援助センターに 4月から 修練の場40数年に幕」
→武徳殿の建設以降の経緯が詳しく載っています。また、武徳殿の写真が載っています。
・『いわき民報 昭和51(1976)年12月14日』1面
「小学生対象に剣道昇級審査」
・『いわき民報 昭和52(1977)年1月14日』1面
「いわき剣道連盟“鏡開き”」
・『いわき民報 昭和52(1977)年6月23日』3面
「県居合道大会いわき予選」
・『いわき民報 昭和54(1979)年4月10日』2面
「平で忠魂祭奉納の剣道大会」
・『いわき民報 昭和58(1983)年3月12日』12面
「和裁初級程度講習を新設 旧平武徳殿跡 県婦人就業センター」
これらによると、武徳殿は、昭和13(1938)年に三井栄一氏が私財を投じて、いわき市平字十五町目(当時は平市)に建設した武道場で、三井氏から福島県に寄贈されたものです。隣に平警察署があったことから、主に署員の武道場兼講堂として利用されました。
昭和45(1970)年に平警察署がいわき市内郷御厩町に移転し、いわき中央署となったのを期に、県は武徳殿の管理をいわき市に委託し、市はこれを福島県剣道連盟平支部に任せました。
市街地にあり無料・予約不要であったため、剣道等の各グループの稽古場としてや、大会の会場として多く利用されましたが、昭和52(1977)年の市立総合体育館と平体育館の整備によって体育環境が整ったことから、県が市に武徳殿の返還を要求しました。利用者からの反対があったものの、昭和53年1月の引き渡しが決定しました。
武徳殿の建物は内部が改装され、同年4月以降は婦人就労援助センターとして利用されました。現在は取り壊されています。
- 回答プロセス
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上記回答のとおり。
- 事前調査事項
- NDC
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- スポーツ.体育 (780 9版)
- 参考資料
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- 【資料①】『いわき民報 縮刷版 昭和57年12月号』[K/071/イ・1110199054]
- 【資料②】『いわき民報 縮刷版 昭和51年12月号』[K/071/イ-12・1111144760]
- 【資料③】『いわき民報 縮刷版 昭和52年1月号』[K/071/イ-13・1111144778]
- 【資料④】『いわき民報 縮刷版 昭和52年6月号』[K/071/イ-18・1111144810]
- 【資料⑤】『いわき民報 縮刷版 昭和54年4月号』[K/071/イ-40・1111145049]
- 【資料⑥】『いわき民報 縮刷版 昭和58年3月号』[K/071/イ-87・1111145239]
- キーワード
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- 武徳殿
- 武道
- 平市
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000228976