レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022/06/03
- 登録日時
- 2023/03/09 00:31
- 更新日時
- 2024/03/30 00:42
- 管理番号
- M22100117436756
- 質問
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宇高連絡船・紫雲丸の海難事故事例を知りたい。
- 回答
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①『宇高連絡船78年の歩み』などによると昭和22年(1947)3月の紫雲丸進水以降、5回の事故が確認できる。
以下、各事故を取り上げた資料をあげる。
(1回目)【昭和25年(1950)3月25日 鷲羽丸との衝突事故 乗組員7名死亡】紫雲丸沈没
①『宇高連絡船78年の歩み』 参照はp.184-185,283
②『宇高航路五十年史』 参照はp.230-232
③『宇高連絡船紫雲丸はなぜ沈んだか』 参照はp.141-142
④『霧笛が消える』 参照はp.230-243
⑤『悲劇の紫雲丸』 参照はp.11-28
(2回目)【昭和26年(1951)8月6日 第二ゆす丸との衝突事故】
①『宇高連絡船78年の歩み』 参照はp.185-186,284
②『宇高航路五十年史』 参照はp.277
(3回目)【昭和27年(1952)4月21日 捨て石に底触】
①『宇高連絡船78年の歩み』 参照はp.284
②『宇高航路五十年史』 参照はp.278
(4回目)【昭和30年(1955)5月11日 第三宇高丸との衝突事故 乗客166名・乗組員2名死亡】紫雲丸沈没
①『宇高連絡船78年の歩み』 参照はp.189-192,286
②『宇高航路五十年史』 参照はp.232-234
③『宇高連絡船紫雲丸はなぜ沈んだか』
④『霧笛が消える』 参照はp.252-279
⑤『悲劇の紫雲丸』 参照はp.29-219
⑥『連絡船』 参照はp.13
(5回目)【昭和35年(1960)9月12日 4回目の事故による沈没後に引き上げられ、紫雲丸から瀬戸丸へと改名した後に中央栄丸と衝突事故】中央栄丸沈没
①『宇高連絡船78年の歩み』 参照はp.196-198
③『宇高連絡船紫雲丸はなぜ沈んだか』 参照はp.72(船の写真のみ)
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 航海.航海学 (557 9版)
- 参考資料
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①萩原幹生『宇高連絡船78年の歩み』 成山堂書店,2000,345p.
②日本国有鉄道四国支社宇高船舶管理部『宇高航路五十年史』 日本国有鉄道四国支社宇高船舶管理部,1961,286p.
③萩原幹生『宇高連絡船紫雲丸はなぜ沈んだか』 成山堂書店,2000,199p.
④読売新聞高松支局『霧笛が消える』高松 美巧社,1988,342p.
⑤高松洋平『悲劇の紫雲丸』 成山堂書店,1990,250p.
⑥『連絡船』 中国新聞社,1979,246p.
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①萩原幹生『宇高連絡船78年の歩み』 成山堂書店,2000,345p.
- キーワード
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- 紫雲丸
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- M2022100117424236756
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 全年齢
- 登録番号
- 1000329972