レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022/09/24
- 登録日時
- 2022/12/14 00:31
- 更新日時
- 2024/03/30 00:42
- 管理番号
- M22092517036753
- 質問
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大日本帝国陸軍が所有していた起重機船・蜻洲丸についての資料はあるか。
また、「蜻洲」にはどのような意味があるか。
- 回答
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①『日本陸軍の船艇』の「起重機船」によると、蜻洲丸は巨大な150tクレーンが設けられた砲塔運搬を目的とした船として簡単な説明がある。
②『船舶百年史 前篇』には「重量物運搬船」の項に、「陸軍省では昭和15年に大砲運搬の目的で重量物運搬船蜻州丸を建造した。」とあり、白黒写真2枚の掲載がある。造船所は石川島となっている。
※「蜻州丸」とあるのは表記のまま。
※③以下の資料から昭和15年(1940)の建造ではなく、大正15年(1926)の建造と考えられる。
③『社史で見る日本経済史 第39巻 東京石川島造船所五十年史』の年表に「大正一五 一月十三日及二月十三日宇垣陸軍大臣自動車工場視察及び陸軍起重機船蜻洲丸進水式参列の為来社さる」とある。
④『石川島重工業株式会社108年史』の主要製品製造経歴書「船舶」にも造船番号385として大正15年引渡に蜻洲丸があり、船主や船種、大きさ等のデータが出ている。
ただし、いずれの図書にも命名や船名の理由については記述がなかった。
⑤「思い出の日本貨物船 その200」には白黒写真1枚と説明がある。「ちなみに船名候補には「砲揚丸」「鎮海丸」などがあった。」とあるがはっきりとした理由までは説明がない。
国立公文書館アジア歴史資料センターのデータベースで検索すると、
⑥「蜻洲丸進水に関する件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C03012275300がヒットした。進水式の日付が大正15年2月13日であることや式次第、配置略図なども見ることができる。
また、⑦「大型重量物運搬揚陸船命名の件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C03012126100もヒットした。蜻洲丸は「蜻蛉洲ノ略号ニシテ日本丸ト同意味ナリ」とある。蜻洲丸以外の候補も7案あり、砲揚丸「砲塔揚陸運搬船ノ意」、瑞洋丸「海ノ平和ヲ保証スルノ意」などがあげられている。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 各種の船舶.艦艇 (556 9版)
- 参考資料
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①奥本剛『日本陸軍の船艇』 大日本絵画,2016,112p.参照はp.110.
②上野喜一郎『船舶百年史 前篇』 成山堂書店,2005,230p.参照はp.157.
③『社史で見る日本経済史 第39巻 東京石川島造船所五十年史』 ゆまに書房,2009,282p.参照はp.184.
④石川島重工業株式会社社史編纂委員会『石川島重工業株式会社108年史』 石川島重工業,1961,1048p.参照はp.916.
⑤「思い出の日本貨物船 その200」『世界の艦船』第776号,海人社,2013.2,参照はp.138.
⑥「蜻洲丸進水に関する件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C03012275300、永存書類乙集第2類第5冊 大正15年(防衛省防衛研究所)(https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C03012275300 確認2022.9.24).
⑦「大型重量物運搬揚陸船命名の件」JACAR(アジア歴史資料センター)Ref.C03012126100、永存書類乙集第2類第4冊 大正14年(防衛省防衛研究所)(https://www.jacar.archives.go.jp/das/image/C03012126100 確認2022.9.24).
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①奥本剛『日本陸軍の船艇』 大日本絵画,2016,112p.参照はp.110.
- キーワード
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- クレーン船
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- M2022092517053436753
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 全年齢
- 登録番号
- 1000325669