レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 20190911
- 登録日時
- 2020/04/01 00:30
- 更新日時
- 2020/04/01 00:30
- 管理番号
- 福参-1141
- 質問
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解決
「国を守るのは軍隊ではなく外交だ」というようなことを、陸奥宗光らが新聞の社説で語ったと思うのだが、何か資料はないか?
- 回答
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◆参考資料1『陸奥宗光 「日本外交の祖」の生涯』
p.255に「「(前略)論者多く云う、外交家背後の大勢力は武力にありと。然れども吾輩は云わんとす、国民外交上の智識にありと」
外交を支えるものとして、一般的に言われている武力ではなく、智識が重要であると主張した。」と記述あり。
雑誌『世界之日本』第1号(明治29年7月創刊)の巻頭論説「世界の日本」に掲載されているとわかる。
p.258-259に明治30年に新聞『世界之日本』が創刊されたとわかる。
「陸奥は朝鮮政策について自ら原稿を書き、新聞『世界之日本』第二号(一月九日)の社説とした。」と記述あり。
◆参考資料2『ある明治リベラリストの記録』
p.119に、竹越興三郎は『世界之日本』で「(前略)第一号の巻頭に長文の社説「世界の日本」を掲げ(中略)外交上の知識がもっとも重要(以下略)」と主張したことがわかる。
- 回答プロセス
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1.「聞蔵Ⅱ」(朝日新聞データベース)、「ヨミダス歴史館」(読売新聞データベース)で検索するが見つからず。
2.自館OPACより件名「陸奥宗光」で検索。
参考資料1、4が見つかる。
3.グーグルブックスよりキーワード「陸奥宗光 世界の日本」で検索。
参考資料2、3、5が見つかる。
以下の資料は陸奥宗光と『世界之日本』について記載あり。
◇参考資料3『小村寿太郎とその時代』
p.147に陸奥宗光が『世界の日本』の社説に、三国干渉について書いたことがわかる。
◇参考資料4『陸奥宗光伯』
p.62に陸奥宗光の年譜には「明治二十九年(一八九六) (中略) 十二月、雑誌「世界之日本」を発刊、竹越与三郎に編集せしめ、以後寄書を続く。」という記述あり。
◇参考資料5『伯爵陸奥宗光遺稿』
p.567-655 世界之日本寄書集
- 事前調査事項
- NDC
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- 個人伝記 (289 8版)
- 参考資料
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- 1 陸奥宗光 佐々木 雄一/著 中央公論新社 2018.10 289/17/597 p.255-
- 2 ある明治リベラリストの記録 高坂 盛彦/著 中央公論新社 2002.8 289/14/418 p.119
- 3 小村寿太郎とその時代 岡崎 久彦/著 PHP研究所 1998.12 210/6/304 p.147-
- 4 陸奥宗光伯 陸奥宗光伯七十周年記念会/編 陸奥宗光伯七十周年記念会 1966 289/17/S42 p.62
- 5 伯爵陸奥宗光遺稿 陸奥 宗光/著 岩波書店 1929 28//ハ1420B p.567-655
- キーワード
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- 陸奥宗光 外交 社説 雑誌 世界之日本 世界の日本
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- その他
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000279913