レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2013/1/30
- 登録日時
- 2019/12/14 00:30
- 更新日時
- 2019/12/19 14:36
- 管理番号
- 葛中-2019021
- 質問
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解決
葛飾区でも過去に日本酒を造っていたと聞いたが、それはいつごろの話か。また東京都の酒造りのこともあわせて知りたい。
- 回答
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米、人、水に恵まれた葛飾区には、以前二つの酒蔵がありました。ひとつは金町の唐松家です。唐松家では、1880(明治13)年まで清酒の製造を行い、以後1916(大正5)年までは「濁酒」の製造をしていたようです。しかし、江戸川の改修工事のために休業しました。
もう一つの酒蔵は、堀切の相川家です。相川家では酒造りを1931(昭和16)年まで続けていたようですが、火災事故のため、やめたようです。『葛飾酒作り本舗』と『特別展首都圏の酒造り』には、両家で使用されていた樽、桶、甕、商標ラベル、酒造りに関するメモ、醸造場見取り図、井戸跡等がカラーで紹介されています。本文には葛飾区における日本酒造りの変遷、農業、水との関係、首都圏の酒造場の名称、地図、また、福島県矢祭町の藤井酒造店との交流等も詳細に記述されています。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 食品工業 (588 9版)
- 参考資料
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1 『葛飾酒作り本舗-葛飾で酒造り-』 葛飾区郷土と天文の博物館/著 2011
2 『特別展 首都圏の酒造り-百年の時を経て、今 葛飾の酒造りを解き明かす-平成20年度』 葛飾区郷土と天文の博物館/編 葛飾区郷土と天文の博物館 2009
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1 『葛飾酒作り本舗-葛飾で酒造り-』 葛飾区郷土と天文の博物館/著 2011
- キーワード
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- 葛飾区,日本酒,酒蔵
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000270247