レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2010/06/10
- 登録日時
- 2012/02/25 02:00
- 更新日時
- 2012/02/25 02:00
- 管理番号
- 地-110002
- 質問
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解決
安政6年大阪~浦賀まで50時間で帆走したとされる、新綿番船の大津屋神徳丸の船頭の名を知りたい
- 回答
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お尋ねの記録は「木田家文書」の中の「江戸来翰刺」(10月17日付)という史料に記載されています。これは江戸九店世話番から大阪九店世話番への書簡で、
・安政6年10月12日に安治川口を出帆した新綿番船8艘が、15日には全船浦賀へ到着したこと。
・トラブルのため翌日13日に出帆した3艘も15日に浦賀に到着したこと
が記されています。
この後発の3艘のうち1着で到着したのが、お尋ねの“大阪~浦賀まで50時間で帆走したとされる、新綿番船の大津屋神徳丸”です。「江戸来翰刺」には大津屋半六と記載されております。
同じく「江戸来翰刺」内の(安政6年11月付)船株を設定し九店差配廻船を45艘に限定するという内容の書簡にも“大津屋徳之助仕建 神徳丸半六船”と記されています。
また九店問屋組合に属する廻船の船名控である「九店差配廻船明覧」にも、
神徳丸は
・船主⇒大阪天満 綿屋半兵衛 沖船頭⇒半六(備後鞆出身)江戸問屋⇒銭屋
仕建問屋⇒大津屋源之助 安政4年6月に造られた1800石の船であること
が記載されています。
以上により、神徳丸の船頭は備後鞆生まれの半六ではないかと思われます。
なお、「九店差配廻船明覧」をもとに作成された表が
『新修神戸市史』歴史編3[216.4/ 56/ 3] p815-816
『近世海運の経営と歴史』柚木學著 清文堂出版 [683.21KK/29]p88-89
にも掲載されています。
- 回答プロセス
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①浦賀がゴール地点なので、浦賀に関する資料を調査してほしいという利用者の要望に基づき『新横須賀市史』資料編 近世1 『新横須賀市史』資料編 近世2 『神奈川県史』資料編9 『浦賀奉行所関係史料』1~4等、浦賀関係の資料を調査するが、神徳丸の船頭に関係する記述は発見できなかった。
②当館OPACを「新綿番船」というキーワードで検索すると、「新綿番船と新酒番船の起源について」柚木学著(『日本近世交通史論集』 吉川弘文館 1986)<682.1U/ 119>(12621710) がヒット。内容を確認。
③「新綿番船 安政6年」でインターネット検索。ヒットしたサイトを確認。
④ ②③より新綿番船は菱垣廻船や九店仲間と関係が深いようだったので、九店仲間関係史料(『続海事史料叢書』2、5-7巻収録)を確認
⑤「江戸来翰刺」(「木田家文書」内 『続海事史料叢書 第5巻』日本海事史学会編 成山堂書店 [683/1-2/5] p396-402) に該当する新綿番船の記事が記載されていた。名簿のようなものがないかとさらに調べるうち
「九店差配廻船明覧」(『海事史料叢書 第2巻』住田正一編 巖松堂書店 [683/1/2] p400)に神徳丸の記載があることを発見。
⑥菱垣廻船や、近世海運について所蔵資料を更に確認したところ「九店差配廻船明覧」をもとに作成された表が
『新修神戸市史』歴史編3[216.4/ 56/ 3] p815-816
『近世海運の経営と歴史』柚木學著 清文堂出版 [683.21KK/29]p88-89
にも掲載されていることが判明。
- 事前調査事項
- NDC
-
- 海運 (683 9版)
- 参考資料
- キーワード
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- 新綿番船
- 廻船
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 内容種別
- 質問者区分
- 登録番号
- 1000102231