レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2022/05/19
- 登録日時
- 2023/12/12 00:30
- 更新日時
- 2023/12/12 10:43
- 管理番号
- 光が丘-R1005317
- 質問
-
解決
鎌倉の史跡(稚児の墓)について。
鎌倉の六国見山にある稚児の墓(稚児の塚?)について、染谷太郎太夫時忠の娘が鷲にとらえられて、連れさられ、亡き骸を埋葬した場所。記述が欲しい。インターネット情報は不確定のため、書籍・文献で確認したい。
- 回答
-
・『さあ、ハイキング! 』 新ハイキング社/編 新ハイキング社 2015.4 ISBN978-4-915184-43-7 p42~「常楽寺から六国見山」の項に「山頂から南東へ、80メートルほど行くと稚児塚がある。鎌倉の開拓者、染屋時忠の子の墓と伝えられている。ツゲの大樹の元に塔身部と相輪を欠いた宝篋印塔(ほうとういんきょう)がある。」との記載あり。
・『かまくら子ども風土記 中』 鎌倉市教育研究所/編 鎌倉市教育委員会 1993.3
P92~「六国見山」の項に「南側に八〇メートルほど行くと、つげの木の下に「児塚」(稚児墓)とよばれる宝篋印塔(ほうきょういんとう)の残欠があります。この石塔は、由比の長者染谷太郎大夫時忠(そめやたろうたいゆうときただ)の子の墓といわれています。」との記載と児塚(稚児墓)の写真、地図(略図)あり。
・『かながわのハイキングコースベスト40ぷらす1 続』 山本正基/著 神奈川新聞社 2017.10 ISBN978-4-87645-572-0
P70「六国見山周辺を歩く」の項に「展望広場を後に、すぐの稚児塚(稚児の墓)を過ぎると登山道中央に3等三角点がある。ここが六国見山の山頂で、樹林の中、うっかりすると通り過ぎてしまうほど山頂らしくない山頂だ。」と記載、地図(略図)あり。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
-
- さあ、ハイキング! 新ハイキング社/編 新ハイキング社 2015.4 291.3 978-4-915184-43-7
- かまくら子ども風土記 中 鎌倉市教育研究所/編 鎌倉市教育委員会 1993.3
- かながわのハイキングコースベスト40ぷらす1 続 山本正基/著 神奈川新聞社 2017.10 291.37 978-4-87645-572-0
- キーワード
-
- 六国見山
- 染谷太郎大夫時忠
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献についての調査
- 内容種別
- 資料提供(その他)
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000343294