レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2010年04月29日
- 登録日時
- 2010/10/27 11:35
- 更新日時
- 2011/01/22 10:30
- 管理番号
- 9000006364
- 質問
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解決
「山梨県志編纂会」はいつからいつまであったか。
- 回答
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大正14(1925)年11月に発足。事業中止の年は不明だが、本稿段階での関東大震災による火災に遭い、その後の若尾家の没落で中止となった。
- 回答プロセス
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1.創立年については、『山梨百科事典』(山梨日日新聞社編 山梨日日新聞社 1989)の「若尾謹之助」の項によると、「1915(大正4)年、山梨県志編さん会を創立して県志刊行を計画」とある。また、『山梨県立図書館所蔵若尾資料目録』(山梨県立図書館編 山梨県立図書館 1971)の序文にも「大正4年若尾謹之助氏の計画により創立された山梨県志編纂会が…」と記載があるが、寄贈された時期、経緯は不明。
2.事業中止時期については、『山梨百科事典』の「若尾資料」の項に「事業は本稿段階で火災にあい中止のやむなきにいたったが、一部1,157点は県立図書館に整理保存され…」との記載がある。
3.『山梨県立図書館50年のあゆみ』(山梨県立図書館編 山梨県立図書館 1980)を確認するが、山梨県志編纂会資料(若尾資料)の寄贈された時期、経緯は不明。
4.『山梨県史 通史編』5巻(近現代)(山梨県編集 山梨日日新聞社 2005年)によると、「大正四年(一九一五)には甲府商工会議所が郷土史家赤岡重樹を主任として「甲斐史」編纂会設立の準備を始め、これを引き継ぐように同年十一月、若尾家の出資によって「山梨県志編纂会」が発足した。「その最初の巻『現代史』(明治~大正)の原稿は、大正十二年(一九二三)に横浜の監修室へ送られ印刷を待つ団塊となっていたが、関東大震災で焼失してしまった。」「山梨県志編纂会の事業は、その後の若尾家の没落で頓挫するが…」とある。
5.、『山梨百科事典』の「若尾財閥」の項には、「1920(大正9)年の恐慌や関東大震災とその直後の不況により大きな打撃をうけ、1927(昭和2)年の金融恐慌によって破たんをきたし、事業界から手を引くこととなった」とある。
- 事前調査事項
- NDC
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- 中部地方 (215 9版)
- 参考資料
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『山梨県史』 通史編5 近現代(山梨県編集 山梨日日新聞社 2005年)
(p752) - 『山梨百科事典』(山梨日日新聞社編・発行 1989年) (p1060)
- 『山梨県立図書館所蔵若尾資料目録:蔵書目録・郷土資料目録』(山梨県立図書館編・発行 1971年) (序)
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『山梨県史』 通史編5 近現代(山梨県編集 山梨日日新聞社 2005年)
- キーワード
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- 山梨県志編纂会
- 山梨県立図書館
- 若尾資料
- 山梨県
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 「山梨県志編纂会」が収集した資料は山梨県立図書館に寄贈され「若尾資料」として利用に供してきたが、平成17(2005)年に山梨県立博物館に移管した。
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土(歴史-近代以降)
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000072795