レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2015年05月01日
- 登録日時
- 2015/05/24 14:28
- 更新日時
- 2015/05/24 14:31
- 管理番号
- いわき総合-地域321
- 質問
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解決
いわき市勿来(なこそ)の青年会(団)の歴史と活動内容(明治維新辺りからのもの)
大般若会(だいはんにゃえ)を青年会がやるようになった理由
勿来の歴史を調べるに当たってどんな資料があるか?(現在購入できるもの)
- 回答
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青年団は江戸時代の「若者組」の延長のような存在であり、
福島縣は明治39年(1906)1月、組織化を促すため、各市町村に通達し、名称は「青年会」と統一されるようになった。
該当する地区の旧窪田村では、窪田青年会が明治45年1月に設立されていた。
おおまかな歴史は、資料②から④を参照してほしい。
活動内容としては、「窪田村の「大字窪田字町小島若者規約」(明治32年旧11月作成)でみると、
役割としては、「祭典等一切ノ義務」、「毎年3回ノ市場ニ関スル事務」、「祝儀仏事等ノ手伝ハ従来ノ慣例」・・・」とあり、
青年組織は地域内の慣習の一部を担っていた。
大般若会については、青年会がやるようになった個別具体的な理由の記載のある資料は見つからなかったものの、
『勿来地方の民俗』には、「大般若 正、5、9の各月の28日、村の青年達が、桐の箱に入った大般若経六百巻を担ぎ、部落の家々を廻る。廻って貰えれば病気にならぬとか、厄除けになるとかいう。」とあった。
また、「天平年間(8世紀)には宮中をはじめ、転読が行われ、これら寺院の恒例の行事となるとともに、各宗寺院や、さらには民間の行事の中にまで普及した。」(『仏教民俗辞典』より)、
「中世以降も諸宗で広く行われ、とくに地方では、虫送りのような農耕儀礼と結びついた村落行事になるところもあった。」(『岩波仏教辞典』より)
とあった。
以上のことから、青年組織は、地域の慣習を担っていたからだと推察する。
次の資料を紹介する。
『いわき市勿来地区地域史 1 自然環境/原始~古代~中世~近世/民話 1』
『いわき市勿来地区地域史 2 歴史・地誌(明治時代~大正時代~昭和20年) 2』
『いわき市勿来地区地域史 3 上巻 歴史・地誌(昭和20年~現代) 3上巻』
『いわき市勿来地区地域史 3 下巻 地誌(昭和20年~現代)、 3・下巻』
- 回答プロセス
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当館システムにて、「勿来」で検索。
『いわき市勿来地区地域史 1自然環境/原始~古代~中世~近世/民話 1』
『いわき市勿来地区地域史 2歴史・地誌(明治時代~大正時代~昭和20年) 2』
『いわき市勿来地区地域史 3上巻 歴史・地誌(昭和20年~現代) 3上巻』
『いわき市勿来地区地域史 3下巻 地誌(昭和20年~現代)、 3・下巻』
を発見。閲覧。
【資料②】『いわき市勿来地区地域史 2』には、次の記載があった。
「青年団は江戸時代の「若者組」の延長のような存在であった。若者組は村の自治に大きな役割を果たした…(省略)」
「窪田村の「大字窪田字町小島若者規約」(明治32年旧11月作成)でみると、役割としては、「祭典等一切ノ義務」、「毎年3回ノ市場ニ関スル事務」、「祝儀仏事等ノ手伝ハ従来ノ慣例」・・・」」とある。
「福島縣は明治39年(1906)1月、組織化を促すため、「青年団体ノ育成ノ通牒」を各市町村に通達し、地方行政組織と結びつけようとする。これに基づき、(中略)名称も「青年会」と統一された。」
「勿来地区の所在した青年組織の一部を見ても、風紀改善や冠婚葬祭、(中略)地域内の慣習の一部を担っていることがわかる。」
「表1-1-9 勿来地区における青年会の設立状況 窪田青年会 設立年月日 明治45年1月」
【資料③】『いわき市勿来地区地域史 3』には、次の記載があった。
「(2)地縁による青年組織の解体」 に戦後の記載がある。
「青年組織について、戦前は行政主導の組織で、半ば強制化されたものであったが、戦後は任意団体となり、高度経済成長の進展とともに、公益性が低下して、休廃止の抵抗もなくなっていった。」とあった。
【資料⑧】『勿来地方の民俗』には、次の記載があった。
「大般若 正、5、9の各月の28日、村の青年達が、桐の箱に入った大般若経六百巻を担ぎ、部落の家々を廻る。廻って貰えれば病気にならぬとか、厄除けになるとかいう。」(資料⑨⑩⑪にも同様の記載)
【資料⑫】『仏教民俗辞典』には、次の記載があった。
「天平年間には宮中をはじめ、転読が行われ、これら寺院の恒例の行事となるとともに、各宗寺院や、さらには民間の行事の中にまで普及した。」
資料⑬『岩波仏教辞典』には、次の記載があった。
「中世以降も諸宗で広く行われ、とくに地方では、虫送りのような農耕儀礼と結びついた村落行事になるところもあった。」
なお、寺院における大般若会については、【資料⑭】に詳しい。
- 事前調査事項
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勿来の青年会として調べたいのは勿来町酒井の、「竹ノ内(たけのうち)地区」「関根」(せきね)地区」「出蔵(いでくら)地区」「下坪(しもつぼ)地区」のエリアである。
大般若会とは、地区の青年会が1月下旬ごろに、般若心経をもって、各戸をあるくことである。
- NDC
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- 日本史 (210 9版)
- 年中行事.祭礼 (386 9版)
- 仏教 (180 9版)
- 参考資料
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- 【資料①】『いわき市勿来地区地域史 1 自然環境/原始~古代~中世~近世/民話 1』[AL-210.1-1-イ-1・1114002106]
- 【資料②】『いわき市勿来地区地域史 2 歴史・地誌(明治時代~大正時代~昭和20年)2』[AL-210.1-1-イ-2・1114619214]
- 【資料③】『いわき市勿来地区地域史 3 上巻 歴史・地誌(昭和20年~現代)3上巻』[AL-210.1-1-イ-3-2・1114422940]
- 【資料④】『いわき市勿来地区地域史 3 下巻 地誌(昭和20年~現代)、 3・下巻』[AL-210.1-1-イ-3-2・1114422940]
- 【資料⑤】『いわき市教育文化事業団研究紀要 第1号』[AL-051-イ-・1110746094]
- 【資料⑥】『石城郡の青年』[KS三猿-379-フ-・1111942346]
- 【資料⑦】『地名の変化にみる、いわきの近代化』[AL-291-チ-・1111966477]
- 【資料⑧】『勿来地方の民俗』[AL-380-ナ-・1111442388]
- 【資料⑨】『日本の年中行事-磐城篇-』[AL-386-イ-・1111443220]
- 【資料⑩】『いわきの年中行事なぜなぜ』[AL-386-イ-・1110740972]
- 【資料⑪】『石城郷土史雑感・石城歳時記抄』[AL-210.1-1-イ-・1111012553]
- 【資料⑫】『仏教民俗辞典』[R-180-ブ-・1110007430]
- 【資料⑬】『岩波仏教辞典』[R-180.3-イ-・1111563795]
- 【資料⑭】『般若経大全』[-183.2-ハ- 1115072546]
- キーワード
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- いわき市勿来(なこそ)
- 青年会(青年団)
- 大般若会(だいはんにゃえ)
- 仏教
- 般若心経
- 年中行事(歳時記)
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 事実調査
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000175008