レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2015/1/21
- 登録日時
- 2014/09/05 15:47
- 更新日時
- 2015/03/28 08:21
- 管理番号
- 20090148
- 質問
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解決
現在は山形城が築城された当時からの地名が失われている状況です。これらの地名の由来などが記されている書籍・文献などがありましたらご紹介いただきたいと思います。
- 回答
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山形城下当時の町名や山形市になってからの町名の変遷などがわかる資料・文献をご紹介します。
1.山形市に関する歴史資料から
資料①『山形市の町』は、昭和29年山形市役所が発行した本で、「一、総説」に山形市の沿革を説き、「二、町の沿革と構成」で、当時の四五カ町について、個別に古典・文献を引用しながら、昭和27年までの町と変遷と発達をのべたものです。
資料②『山形城下の町名と地名』は、江戸期山形城下の町名・地名が記載されています。
資料③『最上時代山形城下絵図』は、「第2章 第2節 経始と町割の実際」の「(8)町名と地名」(P114~129)に、江戸期の町名や地名が記載されています。
資料④『山形市史 上巻』は、「第一章 第二節 山形のおいたち」(P73~130)に、山形城下の町名・地名および山形新市内の地名についての記載があります。
資料⑤『山形市史 中巻』は、「第一章 第一節 最上義光の支配」の「4 領国支配と城郭・城下町の整備」のうち「城下町の整備」(P84~87)、「町立てと町人の保護」(P87~90)に最上氏時代の町名が記載され、同資料の「第三章 第二節 城下町の構造と市場町の変遷」の「3 秋元時代の城下町の賑わい」(P562~578)の中には秋元時代の30の町の様子が記載されています。
資料⑥『山形市史 下巻』は、「第二章 第一節 新政の進展」の「2 大小区から郡政施行へ」(P156~159)に、明治初期での旧山形城下の町名の記載があり、同資料の「第三章 第一節 市政の確立」の「1 山形市の発足-市制施行」(P535~545)には、明治22年、市制施行時の町名が記載されています。
資料⑦『山形市史 近現代編』は、「第一章 第一節 大正デモクラシーと山形市政」の「第四項 1 都市計画の実施と市街地の発展」(P89~101)に、明治22年4月の市制施行以来、昭和55年までの市域の変遷と明治14年の市街図および当時の町名が記載されています。
資料⑧『山形市史 現代編』「第四章 第二節 地方自治体の合併 第二項 山形市と隣接村の合併、第三項 合併の進展と紛糾」(P94~145)に、昭和28年以降の山形市と隣接村との合併の状況が記載されています。
資料⑨『やまがた市政の概要 2012』の「市の沿革」(P1)に市域の変遷の記載があります。
資料⑩『山形市史 別巻2 生活文化編』の「一 市街の変遷」(P3~22)に、江戸時代の市街図から昭和初期・現在までの市街図の解説が記載されています。
2.山形市の地名を調べる主な資料として(地誌資料の主なもの)
資料⑪『日本歴史地名大系 6 山形県の地名』
資料⑫『山形県地名録』昭和13年発行
資料⑬『山形県の地名 その語源をたずねて』
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
- 参考資料
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- 資料①山形市の町/山形市編 川瀬敦執筆 小栗忠七総括編輯/1954(K318.3641/ヤマ)
- 資料②山形城下の町名と地名/高橋信敬/2005(YK290.34/タカ)
- 資料③最上時代山形城下絵図/高橋信敬/1975(YK264.1/タカ)
- 資料④山形市史 上巻/山形市編/1973(K264.1/ヤマ/1)
- 資料⑤山形市史 中巻/山形市編/1971(K264.1/ヤマ/2)
- 資料⑥山形市史 下巻/山形市編/1975(K264.1/ヤマ/3)
- 資料⑦山形市史 近現代編/山形市編/1980(K264.1/ヤマ/4)
- 資料⑧山形市史 現代編/山形市編/1981(K264.1/ヤマ/5)
- 資料⑨やまがた市政の概要 2012/山形市議会事務局編/2012(K318.3641/ヤマ/2012)
- 資料⑩山形市史 別巻2 生活文化編/山形市編/1976(K264.1/ヤマ/ベツ-2)
- 資料⑪日本歴史地名大系 6 山形県の地名/1990(k290.3/ヘイ)
- 資料⑫山形県地名録/山形県郷土研究会編/1982(k290.3/ヤマ)
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資料⑬山形県の地名/安彦好重/1978(Yk290.34/アビ)
※( )は当館の請求記号です。
- キーワード
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- 江戸期山形の町名・地名
- 山形市の地名
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 地名
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000159424