レファレンス事例詳細
- 事例作成日
- 2017年07月02日
- 登録日時
- 2017/08/23 17:04
- 更新日時
- 2019/06/26 14:03
- 管理番号
- 島根郷2017-07-001
- 質問
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解決
松江藩7代藩主・松平治郷の養子となった「善功」という人が、のちに岡田家の養子となった経緯について知りたい。
- 回答
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当館所蔵資料より、下記の資料を紹介し回答。
資料1:下巻p149「公の子女」として系図があり、養子に「善功(ヨシガヅ)ママ」、久世道空の六男で寛政11年8月に江戸で生まれる、慶応4年4月、70歳で没する、とあり。
下巻p160-161に善功について記述あり。善功(ヨシカヅ)は、久世道空の六男。実父の道空は「懶斎」または「松窓庵」と号し、茶を松田宗也に学び、寄合衆を勤め、治郷とも親交があった。治郷は男子が斎恒一人だけで不安があり、寛政10年に弟の子・駒次郎を養子とするが、駒次郎は8歳で夭折する(文化2年)。しかし、斎恒は無事に成長し、文化12年に孫の斉斎の誕生をもって、善功は旗本寄合衆の岡田将監善明の養子となる。岡田善明は茶において治郷の門人であった。
また、善功についての逸話(養子となった経緯)を紹介する。はじめ、治郷の側室・阿玉に男子が生まれるが、その子は死産であった。治郷は阿玉が落胆失望することを心配し、同時期に生まれた久世道空の六男を養子にして、阿玉には死産のことを隠していた。のちに、善功が岡田家(知行八千石)に養子にいくことになると、母の阿玉は家格の低さに嘆き、せめて一万石くらいの小大名の家にしてほしいと懇望すると、治郷はやむを得ず、真実を阿玉に告げた。阿玉は十数年間自分を悲しませないために実事を秘していたことを謝し、治郷の慈悲深さに感涙したという。
資料2:p378「第四篇 学藝・家庭・逸事」に善功について記述あり。資料1と内容同じ。
- 回答プロセス
- 事前調査事項
- NDC
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- 個人伝記 (289)
- 参考資料
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【資料1】松平家編輯部 編纂 , 松平家. 松平不昧傳 増補復刊. 原書房, 1999.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000002839735-00 , ISBN 4562032529 (当館請求記号 郷貸出289.1/マ99) -
【資料2】高橋竜雄 著 , 高橋, 竜雄, 1868-1946. 茶禅不昧公. 宝雲舎, 1944.
http://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000667885-00 (当館請求記号 092.8/134 ※貸出禁止資料)
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【資料1】松平家編輯部 編纂 , 松平家. 松平不昧傳 増補復刊. 原書房, 1999.
- キーワード
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- 松平治郷
- 松江藩
- 岡田善功 岡田雪台
- 久世道空
- 岡田善明
- 照会先
- 寄与者
- 備考
- 資料1、2とも、国会図書館デジタルコレクションで公開(資料1は復刊ではなく大正7年版)
- 調査種別
- 文献紹介
- 内容種別
- 郷土
- 質問者区分
- 社会人
- 登録番号
- 1000220962